W×Ⅱorld gate ~ダブルワールドゲート~

白鷺

救願叶えし母想の望み

第1話 定められた出会い 

赤い月が一段と輝く夜。


王都から少し離れた静かな森の中。

一人の少年が夜闇に紛れつつ、木の枝を足早に飛び移る。

黒く派手な衣を身に纏い、頭からスッポリと大きなフードを被っており

向い風で衣が大きく膨らんでたなびく姿は、まさに鴉と例えるに等しい。


「はあ……はあ……はぁ……」


しかし、呼吸は荒く、体や服はボロボロ。

なかでも腹部の傷口は腹肉を裂くほどに深く、酷い出血。

息をするのもやっとな状態だ。


「追え! 逃がすな!」


ぞろぞろと少年の後ろを追って地を駆けて来るのは、王宮の一級兵。 

王都を守るため、日々訓練を重ねている強者ばかりだ。

兵士は剣や弓、斧や槍。軽装備に重装備。

武器も装備も戦闘のスタイルも個々にそれぞれ違い、戦いに慣れている。

それでいて、統率は完璧にとられていた。

少年は加速し、上手く兵を撒いて草の茂みに身を潜める。

太い木にもたれかかり、荒れた息を静かに整えた。

懐に手を入れ、後生ごしょう大事にしまっていたものを取り出す。

手に握られていたのは、金色の小さな指輪。

派手な装飾はなく、シンプルな宝石が一つ付いていて、内側には文字が刻まれている。


「はぁ……。もう使っちまうか、この宝具。一か八かは運次第っと」


少年は左手で指輪を強く握り、魔力を指輪に注ぎ込む。

すると指輪は青白い光を放ち、眩く輝いた。


「あそこだ! 逃がすな!!」


光に気づいた数人兵士たちが瞬時に場所を知らせると

剣や槍を構えた軽装の兵が、一斉に駆け寄ってくる。

少年は右手を広げ、兵士たちに突き出して魔術を唱えた。


紫雷しらい咲花さきはな!」


少年の掌から紫色の電撃が一つ放たれ

それが二つ、四つ、八つと次々と分岐して兵士たちへ向かって襲い掛かる。

木の枝のように広範囲に大きく広がった雷撃は

木や大きな岩などを意志を持っているかのように避け、兵士を次々と捉えると瞬時に爆発。

花が咲いたように赤や青の激しい火花が散った。


「手加減は……したぞ」


そう呟くと少年は魔力の溜まった指輪を後ろに放り投げる。

指輪は地面に落ちる前に宙へ浮かび上がり、人一人が入れるほど大きく広がった。

指輪の内側には黒と紫が入り混じった不気味な異空間が広がっている。


「決して行かせてはならん! 全員で止めろ!!!」


指揮官の号令で前方から駆け寄る多くの兵士たち。

しかし、少年には一歩及ばず。

少年は兵士達に背を向け、深々と被ったフードを取る。

黄金のように輝く目。無数に跳ねた黒紫の髪。

左耳元には、銀の小さなピアスがキラリと光る。

上半身を半分だけ捻り、数秒だけ振り向く。


「じゃあな。後始末はよろしく」


気だるそうに手を振って身軽に異空間に飛び込んだ。

少年の身体が完全に入ると同時に指輪は小さく収縮し、異空間は跡形も無く消えた。

その場に残されたのは、数人の気絶して倒れた兵士たち。

目の前で少年を取り逃がし、うつむいた兵士たち。

そして金色に輝くだけだった――。


空中に得体の知れない穴が開き、黒い何かを吐き出して瞬時に閉鎖された。

その穴から出てきたのは、先ほどの深手を負った少年。

落ちた場所は夜の公園の広場。

公園の小さな街灯のくすんだ光が仰向けに倒れた少年を照らす。

少年は立ち上がることすらできなかったが、ぼーっと空を眺めた後、

自分がどの世界へ移動したかはすぐに理解することができた。


「黄色い月……。人間界か……」


そう。魔界から移動して着いたのは人間界。

少年は運良くの世界へは着くことができた。

人間界へ着く確率は三分の一だったが、運に恵まれていたようだ。

かと言っても、魔力はほとんど残っていない。

残していた魔力を紫雷と宝具に使ってしまっていた。

かっこよく兵の前を去ったが、もう血液も足らず視界が霞む。

傷口を焼いて出血を塞ぐほどの魔力も気力も残っていなかった。


「さあ、どうした……もんか……」


空虚な言葉が虚しく響く。

腹部を押さえていた真っ赤な手を空に翳し、月と重ねる。

弱々しく握った手には何も掴めない。

せっかく望む世界へ来ることができたのに、

なにもなせぬまま死を迎えるのかと諦めかけたその時だった。


「キャッ!!」


近くで高い悲鳴。

少ししてコツコツと鳴る軽い足音が、恐る恐る近づいて来るのが聞こえる。

そして少年の頭の付近で立ち止まり、立ったまま顔を覗き込む。

少年はおっくうながらもその姿を見上げた。

外灯に照らされた鮮やかな桜色の髪。

それを翡翠ひすい色の丸いアクセサリーで二つに結っており、

ゆったりとしたおさげが、しなやかに揺れる。

上下ともぼてっとしたラフな薄ピンクのスウェット。

その上から紺色の長めのカーディガンを羽織っている。

吸い込まれるような菖蒲しょうぶ色の瞳が少年を映す。

そこには少年と同い年くらいの少女がいた。


「あのぉー、だ、大丈夫ですか?? 

ここ公園ですよー? こんな所で寝てたら、風邪ひきますよー? 

って、うわ! 血がすごい! びちゃびちゃ! 

いっ、今救急車呼びますね! 救急車!」


マシンガンのように饒舌じょうぜつに喋る甲高い声が、頭に響く。


「うる……さ……傷に響く……」


「えと、どうしたんですか?? 苦しいですか?

よく聞こえませんでした。もう一度……」


少女が声を聞くためにしゃがみ込み、ぐいと耳を傾けたその時、

カーディガンの胸元からペンダントがこぼれ、少年の頬に軽く触れた。

するとペンダントが煌々こうこうと眩い光を放ち、少年の身体を包み込む。


「(なんだこの感じ……体が癒されていく――――)」


光はとても暖く、みるみるうちに彼の傷ついた体を治癒していく。

傷ついた身体だけではない。使い切っていた彼の魔力までも、完全に満たしていた。

少年は、長い間張りつめていた気が一気に抜けて、その場で眠るように意識を失った。


「あれ? 寝ちゃった……?」


少女は静かに寝息をたてる少年を見て首を傾げた。


「なんで公園で倒れてたんだろ……?

やっぱり通り魔とか? 事件……だよね?」


周囲を見当たすがいつもの平和な町並み。

何一つとして違和感は感じない。


「それにさっきの光……なんだったんだろう?

傷も全部治っちゃうし……もうなにがなんだか……。

もしかして……魔法とか? まさか……ね」


自分の言った魔法という言葉に冗談めかしく笑う。


「この人どうしよう……。救急車を呼ぶ?

でもでも、傷治ってるし……うーん」


少女は両手で頭を抱え、難しい顔でこの先の行動を考える事、二秒。


「よしっ!」


腹から声を出し、自分に喝を入れるかのように強く頷く。


「流石にここには置いてはおけないし、とりあえず……お家近いし、連れてっちゃお!」


短絡的な考えで少女は少年の両足を腰元で抱えると

砂の地面をズルズルと引きずっていく。


「ん~重いなぁ~。日頃からもっと鍛えなきゃなぁ……」


などと決意し、夜の公園を去った。

そして、誰も居なくなり静まった公園の木の上で

何者かが、不気味に微笑むのであった。

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