第9話.嫉妬
夏休みが始まった。来年は受験なので、めいっぱい遊べる最後の夏。
とはいえ、特進コースの亮一には夏期講習が待っている。予備校など校外のものもあるが、親に負担をかけたくないと去年同様、無料で受けられる学校の夏期講習を選んでいた。
夏期講習は受ける講義にもよるが、朝九時から夕方三時までで期間はお盆までの約二十日間。亮一はみっちり全教科受けることにしている。
朝、駅前広場に来た亮一は、日陰のベンチに座っている架純を見つけると声をかけた。昨夜、彼女からのメッセージで一緒に行く約束をしていた。メッセージで彼女とやり取りするのも本当に久しぶり。
GWが過ぎた五月の中頃に、亮一は真斗と架純にメッセージを送っている。あまりにも連絡がなさ過ぎる二人を心配してのことだった。陽菜とどっちが送るか揉めたが、ジャンケンで負けて亮一が送ったのである。
今度遊びに行こうという内容のものだったが、その時は示し合わせたのか二人ともまた今度とそっけない返事だった。陽菜とその返信を見て、怒りを通り越し呆れていたのを憶えている。
ただ、今にして思えば、二人は会うこともできず、また事情も話せない辛い状況だったのだろう。彼らのその時の気持ちを思うと切ない。
「おはよう。お待たせ」
「おはようございます。今日も暑くなりそうですね」
すっと立ち上がり架純は笑顔で迎える。昨日の落ち込みようから少し心配していたが大丈夫そうだ。むしろ、気合十分なのかその目は力強い。これから勉強に遊びに頑張っていこうという感じなのだろう。
昨日、三ヶ月ぶりに話しかけられた時には嫌悪感があったが、そんな様子の彼女はむしろ輝いて見える。いや、彼女が輝いたというよりは自分が黒く染まったよう。亮一は彼女の顔をまっすぐ見られなかった。
電車を待つ駅のホーム。気まずさから、ずっと参考書に目を落としていると、横から架純がひょいと覗き込む。
「なんか亮一君、しばらく会わなかった間に少し変わりましたね」
「えっ!? そ、そうかな?」
「はい。何か大人びたといいますか」
この三ヶ月で亮一はある意味大人になっている。まるでそれを見透かされているようでドキリとした。
「僕は……、何も変わらないよ」
そう自分に言い聞かせるように答えると、彼女は何か安心したように「そうですか」と微笑んだ。その微笑みに後ろめたさが募った。
昼休み、講義の終わった教室でお昼を食べている。夏休み中は学食や校内の売店は営業しておらず外に食べに行った生徒もいたが、亮一たちは来る途中のコンビニでパンやおにぎりなどを買ってきていた。それらを食べながら亮一が尋ねる。
「そういえば、なんで架純は今年は学校の夏期講習にしたの?」
架純の家は地元では有名な資産家で、予備校に通わせるお金など大したことはないはず。確か去年は予備校の方に行っていた。
学校の夏期講習も決して悪くはないが、予備校の講義は分かり易いと評判で、成績上位者のほとんどはそっちに行っている。それにもかかわらず、彼女は学校の夏期講習を選んだ。
「私は……、ああいったピリピリしたところは少し苦手でして」
そう言って困ったように彼女は苦笑い。予備校に行ったことはないが、想像するとなんとなく彼女の言っていることも分からなくもないなと思った。きっと去年行って合わなかったのだろう。それに予備校は街まで出る必要があり学校よりも遠い。毎日通うのはちょっと大変だ。
お昼を食べ終え、架純から午前中の授業の内容について質問を受けていると、机の上に置いてある亮一のスマホが不意にブルっと震えた。手に取り見るとメッセージ。真斗からだ。
真斗
『三時に駅前で待ってる!』
そのコメントと共に「イェーイ」といった感じでポーズを取る真斗と陽菜の写真。二人とも夏休みを満喫している感じだ。
背景を見ると陽菜の部屋のよう。彼らの手元にはゲームのコントローラーが握られている。自分たちと合流する三時頃まで、陽菜の部屋でゲームをして時間を潰すつもりなのだろう。
密着し寄り添う二人。そして、写真の端には何度も体を重ねた彼女のベッドが少しだけ映り込んでいる。陽菜と真斗はしたのだろうか、そんな考えが亮一の頭をよぎった。思わず顔をしかめる。
「亮一君。あの、どうされました?」
亮一の険しい表情に何かあったのかと心配になり架純が声をかけた。その声にハッとする。
「あっ、ごめん。何でもない。ほら見て。僕たちが勉強してるってのに、あいつらったらさ」
そう言って真斗から送られてきた写真を見せる。
「ウフフッ、本当ですね」
困った二人、といった感じで架純が微笑んだ。
三時過ぎ、駅前で真斗たちと合流すると、陽菜の提案でカラオケに行くことにした。二人だとあまり盛り上がらないので亮一たちはずっと行っていない。
歌い終え、いつもの駅前広場まで戻ってくると真斗が大きく伸びをしながら言う。
「やっぱ、こうやってお前らと一緒の方がいいな!」
意外にも亮一も同じ気持ちだった。陽菜も同じようで笑顔でうなずいている。
少し疎遠になっていたが、さすがにそこはずっとつるんできた仲間。それに、盛り上がり易いカラオケという選択もよかったのだろう。最初はみな少しぎこちなかったが、歌い始めると前と変わらないノリに戻っていた。
「フフッ、そうですね」
架純も笑顔で応える。真斗と架純は佳代から隠れるようにずっと家に
「まぁ、これからは気兼ねなく遊べるし、夏休みもまだまだ始まったばかり。今日のところは帰ろう」
陽菜がそう言うと、みんなは「そうだな」と帰路に就く。いつものように、同じ方面で真斗と架純、亮一と陽菜とに別れて駅前広場を離れた。
陽菜と別れる交差点、また明日と亮一が手を振ると、陽菜は少し元気なさそうにじゃあねと背を向けた。久しぶりに歌って少し疲れたのだろう。彼女は歌うだけでなく、元気いっぱいに踊ってもいた。
信号待ちをしながら陽菜の背中を見送る。すると、彼女は少し進んだところで歩みを止めると、不意にこちらに振り向いた。
「あの、うちに寄っていかない?」
目を合わせず、ぶっきらぼうに言うその横顔はうっすらと赤い。そんな彼女が可愛く、また愛おしい。
「……うん、行きたい」
亮一は微笑みながらうなずいた。
陽菜の部屋に入ると、いつもと違う匂いに顔をしかめる。食べ物やジュースの甘い匂いと、そしていつも真斗が付けている整髪料の香りがした。
軽くシャワーを浴びてくると言う陽菜の腕を掴むと、強引に引き寄せキスをする。彼女は「ちょっと待って」と少し抵抗したが、聞く耳持たずベッドに押し倒した。そして、そのまま行為を始める。
見送るため亮一と共に家の前に出てきた陽菜は、いつもと違った彼の様子に心配になり声をかけた。
「さっき、いつもより激しかったね」
毎回割と激しめだが、そんな中でも体を気遣う優しさが普段はある。ところが、先ほどの行為は激しいというより荒々しかった。そのせいで足が今も少しガクガクしている。
亮一は強く目をつむると、申し訳なさそうな顔でうなだれるように頭を下げた。事が済み、冷静になったようだ。
「ごめん。なんか、うん、なんとなく……。うん、ごめん」
言葉にならない彼の様子に呆れ気味に小さくため息をつくと、陽菜は安心させようと優しく語りかける。
「ううん、大丈夫だよ。すごく気持ち良かったし。まぁ、汗まみれなのを舐められたのはちょっと恥ずかしかったけどね」
「そっか、ごめん。あっ、いや、ありがとう」
やっと微笑んだ亮一にホッとする。
「あ、あのさ、明日の朝だけど……、来ちゃ駄目かな?」
照れながら気まずそうに言う。彼にしては積極的な発言。
今も亮一とは交際中。確かに恋人がいるにもかかわらず、他の男性と部屋で二人っきりなのはまずいのかもしれない。それに真斗は好きだった相手。彼が心配するのも理解できる。
陽菜は心の中でクスっと微笑んだ。そして心配かけまいと明るい声で言う。
「親が仕事に出掛けた後の七時過ぎならいいよ」
それで彼の不安が少しでも解消されるならそうしてあげたい。
「わかった、ありがとう」
亮一は嬉しそうに大きく眉を上げた。
「あっ、でも、さっきみたいに激しいのは駄目だからね。朝から足ガクガクなんて勘弁してよ」
「ごめんごめん、反省してます」
手を合わせ片目をつむり困り顔で彼が謝る。
「よろしい。まぁ、するなら夕方にして。私も激しいのは嫌いじゃないし……」
「フフッ、うん、そうする。じゃあ、明日七時にね。メッセージ送るよ」
「うん、わかった。待ってる」
晴れやかな顔で去っていく彼を手を振り見送った。そして、角を曲がり亮一の姿が見えなくなるとすっと手を下ろす。
考えてみれば亮一の方も架純と二人きり。気にならないと言ったら嘘になるけど、それ以上に彼のことを信じている。それに、心配だからって自分も夏期講習に行くだなんて……、まっぴらごめん。
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