第7話.困惑
真斗たちの話が終わると、その場にいた全員が口をつぐんだ。
話をした真斗と架純はこちらの反応を待っているのか黙り、話を聞いた亮一と陽菜は何か訊こうとするが口にできずに黙っている。不安げな表情と困惑の表情の四人がそれぞれ向かい合っていた。
しばらくの間、妙な静寂が四人を包む。そんな中、沈黙を破ったのは意外にも架純だった。突然、一歩踏み出すとすっと頭を下げる。
「本当にごめんなさい。私がいけなかったの」
すると、隣にいる真斗が焦った様子で言う。
「架純は悪くないって。むしろ関係ないのに一番被害を受けたのはお前だろ。俺が最初から一人で解決すればよかったことなんだよ。本当に悪かった」
そう言って真斗もガバッと架純に頭を下げた。頭を下げられた架純は、そんなことありませんと逆に真斗を
一体、目の前では何が繰り広げられているのだろうか。話の内容も相まって、亮一たちはまるで何かの演劇でも見せられているような気分だった。
動揺している亮一と陽菜の様子に、急にこんな話を聞かされても混乱したでしょうからと言う架純の言葉で今日のところは解散となった。実際、亮一はひどく困惑していたのでその言葉はありがたい。一度帰って落ち着いて考えたいと思っていた。
かつてのように商店街の方へ揃って歩いていく真斗と架純。その後ろ姿を亮一は歩きながら眺めていた。
肩を落とした様子で歩く二人の背中からは、彼らが気落ちしていることが伝わってくる。特に架純はひどく落ち込んでいるようだった。三ヶ月ぶりに学校で声をかけてきた時に見せていた満面の笑顔とはまるで違う。
きっと今日、さっきの話をするために二人は声をかけてきたんだろうけど……。
陽炎に揺れる二人の後ろ姿を見送りながら、亮一はなんとなく彼らの態度に違和感を感じていた。
解散した後、帰る途中のコンビニに寄る。ほんの一時間ほど前まではどこに食べに行こうかなんて浮かれていたが、結局お昼はコンビニで適当に買って食べることにした。
コンビニを後にし、いつも別れる交差点。隣にいる陽菜に尋ねた。
「この後どうする? うち来る?」
彼女はどうしようかなと少し考えている。今日も亮一の部屋でするつもりだったが、あの話の後では彼女もそんな気分ではないだろう。
「うん……、行こうかな」
元気なく呟くように言う。その様子に、するつもりはない、ただ話をするだけ、そう感じ取った。
亮一もこれからのことを陽菜と話し合った方がいいと思っている。しかし亮一もそうだが、暗い顔でうつむく陽菜の様子はまだ冷静に話しができる状態には見えなかった。
一階のダイニングで買ってきたお昼を食べ、亮一の部屋に上がると陽菜はベッドに座り亮一は床で
いつもなら陽菜が悪戯っぽく甘えるように絡んできて、そこからキスし抱き合い、そしてベッドに移動するが、今はお互い遠慮がちになんとなく距離を取っている。
陽菜と話をしなければと思いつつも、結局ほとんど会話できていない。話をすれば、きっとネガティブな結論になるだろうと亮一は思っていた。なので、話を切り出せずにいる。陽菜も同じなのか、たまに聞こえてくるのはため息ばかり。
そんな中、ずいぶん経ってからうつむいたまま陽菜が尋ねてきた。
「ねぇ、亮一。私たちこれからどうしたらいいと思う?」
聞かれた亮一はほんの少し顔を上げる。
「ごめん。わからない……、わからないよ」
亮一は軽く首を振った。理性と感情と欲望が絡み合い、まだ結論を出せていない。どの選択をしてもみんなが、なにより自分が納得できる結果にはならなかった。
自分たちの交際は間違いだったのか、状況だけでいえばそうなるのかもしれない。しかし、亮一はそう認めたくはなかったし、今の二人の関係を否定したくもなかった。そして、それだけは口にしてはいけないと思っている。
すると、陽菜が突然ギシッと立ち上がった。その音に亮一は見上げる。
「ねぇ、今はさ、さっきの話は忘れてしない? だめかな?」
陽菜は困ったような笑顔で両手を広げている。もう考えるのは面倒だからとりあえずしようよ、そんな感じに見えた。
こんな時にこんな気分でするのはどうなのだろう。久しぶりに真斗と架純の姿が亮一の脳裏をかすめた。
反応しない亮一に陽菜の表情が曇る。それを見て、今は彼女を受け入れてあげたいと思った。それに……、さっきの話はさておき自分もしたい。
自重できない自分に軽く自嘲しながら亮一は立ち上がった。陽菜を抱き上げると彼女が首に手を回しキスを求めてくる。キスをしながらベッドに倒れ込むと、不安な気持ちを紛らわすかのようにお互い必死に貪り合った。
ふと目覚めると、自分の部屋とは違う匂いに困惑する。なんで自分はここで寝ているんだろう。頭がぼんやりとしていて、ここがどこなのか分からない。匂いに違和感を覚えながらも不思議と嫌じゃない。むしろ落ち着く。
目をぱちくりしながら何度か深呼吸をした。すると、徐々に意識がはっきりとしてきたところで、陽菜はここが亮一の部屋だということに気づいた。
何度もした後、疲れて亮一の腕の中でまどろんでいたことをうっすらと思い出す。どうやらそのまま深い眠りに入ってしまったようだ。
肩まで掛けられているタオルケットには、匂いと共に彼の余韻が残っている。しかし、肝心の彼の姿は見えない。空いた左側が冷たく寂しい。
彼はどこかと周囲を
こんな時まで勉強だなんて亮一らしい。陽菜はため息混じりに微笑む。
机の明かりで浮かび上がる亮一の横顔。テスト勉強中もこうしてたまに机に向かう彼の顔を眺めていた。陽菜は勉強をするのは嫌いだが、勉強をしている亮一の顔を見るのは好きだった。
普段の頼りない顔つきとは違う真剣な眼差し、何かを処理しているのか流れるような目の動き、目をつむり考え込む渋い表情、そして答えが分かったのかパッと目を見開き力強くペンを走らせる。その一つ一つの表情や動作が面白く、また愛おしい。
しばらく眺めていると、その視線に気づいたのか亮一がピクっと反応する。そして、こちらを向いた。
「ん? あっ、ごめん。起こしちゃったかな?」
向けられた顔には柔らかい笑顔が湛えられている。その顔にドキッとすると共に、なんとなくチクリともした。
「ううん。少し前から起きてた」
「そっか。もう夕方だし送っていくよ。それともシャワーを浴びていく?」
その言葉で時計を確認する。五時を少し過ぎたところ。
「うん、ありがとう。じゃあ……、もう一回してから一緒にシャワー浴びよ」
そう言って陽菜はまた手を広げ亮一を誘う。
亮一はノートに目を落とした。やりかけの問題が最後まで解いてほしいと引き止めようとする。どうしようか考えていると、彼女が「ほら早く」とばかりに両手を上下させた。その屈託のない笑顔と仕草が可愛く、また愛おしい。
亮一は微笑みながら少し呆れ気味にため息をついた。
やれやれ。もうシャワーを浴びたんだけどな。
そんなことを思いながらもペンをノートの上に置くと、服を脱ぎながら笑顔で待つ陽菜の元へ向かった。
夕暮れ時の道を二人並んで歩く。夏至から一ヶ月過ぎたとはいえ六時半ではまだ結構明るい。
亮一の家を出てからずっと黙っていた陽菜が不意に口を開いた。
「ねぇ、亮一はどう思う? あの話、本当のことだと思った?」
陽菜のその言い方は、真斗たちの話を信じきれていないことを匂わせていた。正直なところ、亮一も陽菜と同じく引っ掛かるものがある。とはいえ……。
「うーん、おそらく嘘はないと思うんだけど。真斗と架純が今更あんな嘘をついても意味はないし」
話の内容はにわかには信じられないものだった上に、いくつか腑に落ちない点もあったが、それでも二人が嘘をつく理由が思いつかなかった。これ以上、自分たちを騙しても何も得るものはない。
「そうだよね。それに二人とも大変だったみたいだし。でも……」
そう言いかけて彼女は口をつぐんだ。
「でも?」
「ううん、なんでもない」
少し焦った様子でフルフルと彼女は首を振る。
きっと陽菜は、「でも、もっと前に、いや最初から話してほしかった」とでも言おうとしていたのだと思う。しかし、それを言ってしまうと、自分たちの今の関係を否定することになる。それに気づき、彼女は咄嗟に言うのをやめたのだろう。
歩きながら陽菜に軽く向けていた目線を正面に戻すと、亮一は改めて真斗たちの話を思い出していた。
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