第6話.今更

 亮一は席を立ち教室を後にした。一斉に帰り始めた生徒たちの間を縫うように急いで玄関へと向かう。帰る途中のどこかで陽菜とお昼を食べた後は今日もする予定。親が帰ってくる夜までたっぷり時間はある。


 陽菜のクラスは一足先に終わったようで、スマホには彼女から『早く帰ろう!』とメッセージが入っていた。それを見て、これからの行為に胸を躍らせる。


 お昼は何がいいだろう。陽菜は何か食べたい物があるのかなぁ。そういえば、この前ラーメンが食べたいって言ってたっけ。あっ、商店街に新しくカフェが出来たみたいだけど、そっちの方が陽菜は喜ぶかなぁ。うーん、どうしよう。


 そんなことを考えワクワクした気分で足も早まる。


 廊下を抜け校舎の中央付近の階段、ここを降りれば玄関はもうすぐ。階段脇の廊下に佇む顔見知りの女生徒に気づかず、前を通り過ぎたところで不意に声をかけられた。


「亮一君!」


 聞き慣れた、いや、聞き慣れていた柔らかな声。咄嗟にその声の方に振り向く。


「架純……」


 お互い名前を呼び合うのはあの日以来。突然呼び止められ困惑している亮一に対し、彼女は満面の笑み。


 久しぶりに正面から見た彼女の姿は疎遠になったあの日のまま。癖のない整った顔立ち、肩にかかるストレートの髪、そして優しそうな少し茶色がかった瞳。悔しいけど、やっぱり綺麗だ。


 でも、その笑顔の裏で真斗とヤりまくっていると思うと、なんとなく気持ち悪さがあった。真斗と寄り添い、手をつなぎ、愛を語らい、抱き合い、キスをし、身体をさらけ出し、彼のモノを咥え、そして、それを受け入れる。激しく突かれ喘いでる顔や時には彼女から跨り乱れている姿を想像すると嫌悪感が半端ない。


 彼らが付き合い始めた頃、そんな妄想をしては胸が張り裂ける思いだったが、今は気持ち悪さの方が勝っていた。目の前にいることで、よりリアルさが増しているところもある。


 しかし、ヤりまくっているのはこちらも同じ。人のことを棚に上げてと心の中で自嘲する。


「今日、一緒に帰りませんか?」


 笑顔のまま亮一に歩み寄ってきた架純が言う。今にでも「ウフフッ」と聴こえてきそうなほど嬉しそうな表情。


「えっ、でも、真斗はいいの?」


「真斗君は真斗君で陽菜さんに声をかけているんです。久しぶりに四人で帰りましょうって」


「あっ、そうなんだ。えっと……」


 なんだよ今更、架純も真斗も。


 この三ヶ月の間、ほとんど連絡がなかったにもかかわらず、突然声をかけてきた二人に不信感を覚えている。二人でいちゃいちゃするのも飽きてきたからたまには亮一たちに連絡してみるか、そんな感じで暇つぶしに声をかけてきたのではないかと勘ぐってしまう。


 それに亮一は、早く陽菜に会いたいし二人きりになりたかった。彼女との楽しい時間が待ち遠しい。


 正直行きたくない。でも昔からの仲間。無下に断るのも角が立つ。どうしようか迷っていると、架純が焦った様子で言う。


「あ、あの、ちょっとお話もあるんです。お願いします」


 先ほどまでの笑顔から一転、彼女は困ったように眉をへの字に曲げた。瞳を潤ませ見上げるその姿から、何か普通ではない様子を感じ取る。


 なんの話だろう……。もしかして真斗とは別れた?


 一瞬そうだったらいいなと期待してしまっている自分がいた。今更はどっちだよと心の中で呟く。


 逆に、妊娠して二人とも学校を辞めるなんて話なのかもしれない。それはそれで嫌な気分になったが、ある意味そこまで突き抜けてくれた方が未練なく笑顔で祝福できるだろう。友として、想い人として、恋敵として、全ては過去のものだが二人に対し色んな感情があった。


 陽菜はきっと断りきれず、今頃真斗と一緒にいるのだろう。それに自分一人で帰っても意味はない。


 諦め顔で亮一はフーっと一つため息をつく。


「わかったよ。一緒に帰ろう」


「よかった! ありがとうございます!!」


 彼女は嬉しそうに声を上げた。ただ一緒に帰るだけなのに驚くほどの反応。その様子に亮一は嫌な予感を感じていた。



 架純と共に玄関へ向け歩き出した。こうして並んで歩くのは三ヶ月ぶり。なんとなく落ち着かない。自然と歩く速度が増す。靴を履き校門へ向かうと、以前のように陽菜と真斗の二人の姿。


 予想通り、陽菜は真斗の誘いを断れなかったよう。久しぶりの真斗に彼女も落ち着かない様子でキョロキョロしている。すると、亮一たちを見つけた陽菜が焦った表情で大きな声を上げた。


「お、おーい。早く早く!」


 陽菜は亮一の姿を見てホッとしていた。架純と顔を合わせたくもないが真斗と二人っきりよりはまし。


 亮一が陽菜に「大丈夫?」と目配せすると、彼女は真斗たちに見えないように渋い顔で小さく肩をすくめた。


「おう、亮一。久しぶりだな!」


 真斗が以前のように肩を組んでくる。


「う、うん、久しぶりだね」


 亮一はどうにか苦笑い。うざいを通り越し正直鬱陶しい。本気でやめてほしいと思った。もちろん、そんなことは表に出せないが。


「陽菜さん、お久しぶりです。お変わりないようで」


 架純がにこやかに陽菜に話しかける。


「あ、うん。えっと……、変わりはないよ」


 陽菜も陽菜で架純との会話はどことなくぎこちない。実際、陽菜は彼女との距離感を掴めないでいた。以前はどんな感じで接していたのか分からない。



 ぎくしゃくしたまま駅に向けて四人は歩き出した。場を盛り上げようとしているのか、真斗は止めどなく話題を振り架純がそれに乗る。ノリツッコミのような二人の様子を、作り笑いをしながら亮一と陽菜は冷めた気持ちで見ていた。


 てっきり、どこにデートに行っただの惚気話でも聞かされるのかと思ったが、意外なことに真斗たちは交際についての話は一切してこない。交際相手がいないと思われている自分たちに気を遣っているのかもしれない。惚気話を聞かされるのも勘弁だが、上から目線で気を遣われるのも癪だと亮一たちは思っていた。


 途中、あまりの気まずさから亮一は用事があると言って離脱しようかとも思ったが、陽菜を一人置いては行けない。二人で抜け出す適当な理由も思いつかなかった。



 結局ずるずると別れられないまま、どうにかいつもの駅前広場までたどり着く。これでやっと開放される、そう思い亮一と陽菜の心は一気に軽くなった。


「じゃ、じゃあね。あっ、今日は久しぶりに会えてよかったよ」


 さっさと解散しようと陽菜が切り出した。その流れに乗ってすかさず亮一も「じゃあまた」と軽く手を挙げる。そして、半ば強引に去ろうと揃って背を向けた。


「ちょっと待てって。話があるんだ」


 少し大きめの真斗の声に、二人はまるで怖い先生にでも呼び止められた時のようにビクッと反応する。一刻も早くこの場を離れることばかり考えていて、話があると言われていたことをすっかり忘れていた。


 やっと得られた開放感とこれからの行為への期待感にブレーキがかけられ、二人は渋い表情で顔を見合わせる。そして同時にため息をつくと、仕方なく真斗たちに向き合った。


 先ほどまでとは違い真斗は真剣な顔、架純も普段見せないような辛そうな表情を浮かべている。異様な雰囲気に、陽菜が何か訊きなさいよとばかりにももをペシペシと手の甲で叩いてきた。「僕が?」と思いながらも亮一は仕方なく尋ねる。


「えっと、なんの話?」


 すると、真斗と架純は沈痛な面持ちで目を伏せた。その様子を見て、きっと悪い話だろう、そう二人は察し固唾を呑む。


 別れた、妊娠した……、いや、もしかしたら自分たちが付き合っていることがバレたのかもしれない。毎日のようにお互いの家に通い、また週末はデートをしホテルにも行っている。警戒はしていたが、それらを誰かに見られていてもおかしくはない。


 亮一は急に不安になり陽菜を見下ろした。すると、陽菜も不安そうな表情でこちらを見上げている。同じようなことを考えているようだ。


 少しの間の後、真斗は覚悟を決めたのか顔を上げ架純に目配せをする。架純も腹を決めたようで力強い眼差しでこくんとうなずき応えた。そして、ついに口を開く。


「えっと、まぁ、実は――」


「「えっ!?」」


 意外な言葉に亮一と陽菜は驚きの声を上げた。そして、その後に二人の口から語られたことは、亮一と陽菜の二人にとって残酷な内容だった。

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