第8話 李徴に会いに行く
町の人に聞くと、その後、人間は襲われていないという。
「もとは人間だったというでないか。そのせいだろうな。
退治しようと思って、罠とか毒えさとかいろいろ試しても全く通用しないんだ」
それはそうだろう。李徴は人間の中でも切れ者で通っていた。虎になっても詩を作るほどの頭の持ち主だ。小細工が通用するはずはない。
「ご心配なく」
と妻が言う。
「私が説得して連れて帰ります」
「そんなこと出来るのかね」
と男は首をかしげた。
「第一、滅多に姿を現さない。どうやって会うんだ」
「大丈夫、それも考えてあります」
妻の考えた作戦というのは、道を歩きながら李徴の詩を朗読することだった。
次の日の朝、一行は、早速、出発した。妻の朗読する詩は、美しい音楽のように山林にこだました。一日目は結局なんの反応も得られなかったが、二日目の夕方になると反応があった。叢に隠れながら一行についてくるものの気配がある。しばらくそのまますすんだあと、妻がついに、その気配の方に向き直った。
「李徴ですよね。私をお忘れですか。お忘れでなかったら、姿を現してください。お伝えしたいことがたくさんあるのです」
しばしの沈黙の後、ついに虎は姿を現した。
驚いたことに、李徴の妻は、虎の姿を見ると、いきなり駆け寄った。虎の首を抱きしめる。
「ああ、虎になっても、あなたは少しも変わらないわね」
虎はびっくりしているようだったが、前足の一本を妻の背中にやった。
「どんなにか苦しんでいたことでしょう。でも、もう大丈夫。あなたの作った詩が、国中ですごい人気なの。これを見て」
手に持った作品集を、虎の目の前にかざす。
「あなたの作品集よ。これが飛ぶように売れているの。お金もいっぱい出来たから、あなたを助けたいと思ってきたのよ。誰よりもやさしいあなたが、人喰虎として恐れられているなんて、あってはならないことよ。あなたのために広い山林を買ったのよ。食べ物もいっぱいあるはずだから、そこへきて、自由に走り回って暮らして欲しいの。私も子どもたちも会いに行くわ。一緒に故郷に帰りましょう。子どもたちも会いたがっているのよ」
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