第4話 真実を告げる
袁傪は、昔の李徴を思い出していた。李徴は尖った人間ではあった。だが、それは、ある意味、李徴の矜恃であった。強者が強引に何か理にかなわぬことをしようとするとき、多くのものは、少なくとも表面上は従うものだが、李徴は妥協することを潔しとしなかった。袁傪は、李徴の矜恃を好ましくは思いながらも、世の中をもう少しうまく生きた方いいのだが、とずっと思っていた。詩作で名をなしたいと思うなら、時には、こびやへつらいも必要だと忠告したこともあるが、しかし、李徴は聞く耳を持たなかった。
しかし、李徴は、そのかわりというのもおかしな話だが、誰よりも誠実で、公平な優しい人間であった。友や家族に対してはいつも思いやりを持って接していた。李徴が、この妻を、そして子どもを大切にし、誠実につくしてきたことは間違いなかった。
だからこそ、この妻は……
このような話を聞いては、とても黙っているわけには行くまいと、袁傪は覚悟をきめた。
李徴の言葉を裏切ることになるが、本当のことを話すしかない。
顔をあげると李朝の妻を見つめて、少し身を乗り出した。
「李徴には言うなといわれていたのですが、その話を聞いては黙っているわけには参りますまい。本当のことを申し上げます。実は、李徴は生きています。ただ……」
妻は目を上げた。眼に炎がともる。
「では、生きて? 生きているんですね!」
「生きて……、そう、確かに生きてはいるんですが……」
「何でもおっしゃってください」
見開かれた眼から、美しい涙が一粒流れた。妻は涙を拭きながらいった。
「別の妻がいようと、牢獄につながれていようと、生きているだけで、私はうれしいです。どうぞ何でもおっしゃってください」
「どんな形でも」と言っても、絶対に想像はつくまいと内心思う。
「あ、はい。では、すべてを お話します。とても信じられないような話なのですが……実は、私は、先日、仕事で旅をいたしました。商於の地に宿をとって、朝、まだ暗いうちに出発しようとしたのですが、駅吏が、『これから先の道に人喰虎がでるから、明るくなってからになさい』と言うのです。びっくりしたのですが、私は供も多いし、大丈夫だろうと思って出発したのです。ところが、残月の光を頼りに林中の草地を行ったとき、はたして、一匹の猛虎が
妻は目を丸くして聞いている。
袁傪は茶を一口飲んだ。
「その声に聞き覚えがありました。で、私は叢に近づいて『もしや、その声は、我が友、李徴子ではないか?』と問うたのです。しばらく沈黙があって、やがて、叢中の声は『いかにも自分は李徴である』と答えたのです。驚いた私は、叢に近づいて『いったいどうしたことか』と、問いました。すると李徴の声が答えました。『旅に出て、如水のほとりに泊まったとき、夜中にふと目を覚ますと、戸外から自分を呼ぶ声がする。いつしかじぶんはそれに応じて駆けだした。走るうちに、いつの間にか全身に力がみなぎる感じがして左右の手で地面をつかんで走っていた。明るくなってから水面に自分を映してみると、すでに虎になっていた』というのです」
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