第12話


 社に程近いところに小さな池がある。

 もう冬も間近だというのにぽかぽかと暖かい日向に腰を下ろして、エマは今日もかぎ針を動かしていた。


 ただし、編んでいるのはただの襟巻きマフラー。なにせ今日は休みを命じられてしまって、部屋にすら入れてもらえなかったので。


「休みの意味分かってねぇだろ」

「あらあら、ちゃあんと分かっていますよ」


 休みの意味も、今日休みにされた理由もエマはちゃんと分かっている。

 だから素直にちゃんと修復作業は休み。

 今とりかかっていた修復箇所はレース編み。針はだいたいレースの八~十四号中~極細、糸は四十番以降とにかく細い。小さすぎて拡大鏡で作業していた。

 それが今日は編み針十/零号。糸は極太のふわふわ冬毛糸。ざっくり編みで大きくて見やすい。眼精疲労はほぼなし。

 ほらね、きちんと休んでいるでしょう?


「言うだけ無駄だな」


 エマの隣にどかりと座った神はしばらくエマを見ていたけれど。その手がゆっくりとうごいて、エマの左腕にのびてそして静かにもとの位置へと戻っていった。

 それを何度か繰り返してやっと


「………………悪かったな」

「あらあら。気にしていないわ」


 ひとこと、ぼそりと呟いた。

 別に、ほんとうになにも気にしてはいない。レイナたちが作ってくれた包帯は怪我が早く治るようにおまじないを織り込んである。お陰で痛みもないし、そもそも公園ですぐに治療してくれたのは神だから。

 だから、あの時面倒がらずについてきてくれればこんな事にはならなかったのに、なんていうつもりはこれっぽっちもない。


「だから悪かったって言ってんだろうが」

「うふふふ」


 舌打ちをしてごろりと横になってしまった。それでもエマの隣を離れないということは、本当に心配しているのだろうし悪いと思っているのだろう。

 言葉も態度も悪いけれど。


「……ああいうの、慣れてるだろお前」

「ええ、ええ。いつもの事よ」


 そう、だってエマにとってはいつもの事。

 こういうふうに命を狙われるのは、空に異世界が出現した二百年前からずっと。エマだけじゃない。魔女なんてみんなそんなものだろう。


 だから、魔女はここまで減ってしまった。


 全自動機械オートマティック化の波に飲まれて必要とされなくなったからではない。

 物理的にその数を減らされてきた。


 エマはかぎ編みの魔女一族の最後のひとりだ。


 棒編みの魔女一族はレイナの家族だけになったし、機織りの魔女一族も刺繍の魔女一族ももう残り数件。

 以前はひとつの一族で村ができるほどにいたというのに。逃げて、隠れて、ひっそりと生きるしかなくなってしまった。


 ここに連れられて来た時にいたもう一人の魔女。

 縫製の魔女である彼女も、マヤと同じく最後のひとり。ある日突然村を襲われ、一族は散り散りになり数を減らしていった。目の前で親しい誰かが、家族が殺された。

 だから、彼女は出ていった。


 私たちのことは助けてくれなかったくせに。

 都合のいいこと言わないでよ。

 

 そう言って、出ていった。


「お前は何故、俺たちに協力する気になった」


 エマだって同じだ。住んでいた家はなくなった。友人も、家族も死んでいった。たったひとり、生き残って。長い長い時を、誰かを頼ることすら忘れてしまうほど、ひとりで生きて。


「お前だって、俺たちを恨んでいるだろ」


 世界を、神を。恨んで呪ったってなにもおかしいことはない。けれど。


「いいえ?」


 あの時、レイナは言った。薄情すぎない? と。

 そうかもね、とマヤは思う。


「時代がかわるって、そういう事でしょう」


 転換期なだけなのだと、マヤは思っている。

 時間は、世界は生きている。今も昔も、マヤたちと同じで未来に向かって生きている。


「必要なもの、いらないもの。やりたいこと、やりたくないこと、しなくてはならないこと。物事の優先順位。誰だって、時の流れと一緒にかわっていくものでしょう」


 それは人も世界も、一緒。 


「私ね、全自動機械化オートマティックも悪くないと思うのよ」


 マヤが今着ているワンピースは、市販のもの。機械でつくられたもの。それを買って、裾にレースを施した。

 けっこう気に入っているもの。


「ようは、住み分けね」


 モノづくりは死んだりしない。

 だってマヤは知っている。糸や布や材料を売る店は確かに少なくなってしまったけれど、すべてなくなったわけではない。

 目の大きさの揃っていない襟巻きマフラーを大事そうに使っている人がいる。

 小さな子供が持つハンカチに、拙い刺繍で名前が入れられている。


 今まで仕事としてやってきたものが、時代の変化で趣味へとかわっただけなのだろう。

 それは、この時代を生きる人々が選び取ったこと。


「それなら、余計に。どうしてお前は」

「好きだから」

「――――は、?」


「私、この世界好きよ。だって、とっても綺麗でしょう」


 それだけ。

 ほんとうに、それだけ。



 

 話して編んでとしているうちにずいぶんと時間が経ったようだ。ぽかぽかと暖かかった陽はもう傾いて、ひやりと冷たい風が吹いている。

 

 編み終わった襟巻きマフラーは糸を始末して、黙ってしまった神の首元へと巻いてみた。


「あらあら、神様ったらこの色似合わないのね」


 まるで夕焼けの空のような、茜色。

 思わず笑ってしまうくらい、似合わない。


「…………じゃあ何で巻いた」

「だって、寒いかと思って」


 神様って寒さとか感じるのかしら?

 冗談はさておき、と取り戻そうと手を伸ばせばパシリと払い除けられてしまった。

 かわりにバサリと降ってきたのは、濃灰色チャコールグレーの羽織。


「あらあら」

「終わったんなら帰るぞ」


 さっさと歩きだしてしまった神を追いかけて、マヤも歩きだす。

 このひとに編むのなら、どんな色の毛糸にしようかしら。



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