第11話


「…………はぁ」


 エマと神、ふたりしかいなくなった夜の公園に深い深いため息が落ちて転がってどこかに消えた。

 足元には小さな編みぐるみテディベアが落ちている。どこの誰とも知れない男の末路。

 命を狙ってきた者への情け容赦など、この二人は生憎持ち合わせてはいない。

 神が今持っているのはエマへの呆れと怒りだし、エマはいつも通り何を考えているのか分からない。たぶん、早く帰って作業に戻りたいなとかそんなもの。


「で? どういうこった」

「んん、なにが?」

「何もかもがだ、この大馬鹿野郎」

「あらあら」


 どうして銃口をむけられていたのかは、神にだって想像がつく。

 今聞きたいのは、どうして銃口をむけられているにも関わらず逃げもせずに突っ立っていたのかだ。


「だって、逃げられはしないもの」

「何故」

「道具を持っていなかったから」


 魔女は道具がなければ魔女ではない。

 魔女としての能力、魔法のすべては道具をもってこそ操ることができるもの。道具がなければ、ただの非力な人間にすぎない。長命ではあるけれど。


「戻ってくればよかっただろう」

「ええ、ええ。そうね」


 戻ればこんな危険な目にあわなくて済んだ。社まで戻れば神がそこにいた。そうすればいくらでも守ってやれたはずなのに、エマはそうしなかった。


「けれど、場所を知られてはよくないでしょう」


 こてん、と首を傾げてエマは言う。

 それが当然だと言うような顔で。


「私の命より、大切でしょう」


 あの"世界地図"が。そして、あの場所が。

 自らの命と天秤にかけて、あっさりとそれを傾けて。そして、当然のように選択した。そこに一切の躊躇などなかった。


「駄目よ、あんなに素晴らしい作品は。誰かの手に渡したくはないわ」


 エマだって、死ぬことは本意ではないけれど。本当ならばきちんと完成させて、それを心ゆくまで眺めていたいけれど。けれど、それが叶わないのなら仕方がない。かぎ編みエマがなくとも、他のやり方魔女たちで補完できるから。


 エマは、魔女だった。

 きっと誰よりも、根っからの魔女。


 自分の仕事に誇りをもって、作品を愛して、そして命をかけてモノづくりをする魔女。


 はぁ、と神はもう一度ため息をついた。


(魔女ってのはどうしてこう、)


 頑固で、どうしようもなくまっすぐで。

 なんて厄介な。


「それでも、誰かを頼ることはできるだろ」

「頼る?」


 まるでその言葉を初めて聞く子供のように。

 

 ああ、実際意味が分からないのだろう。そして、きっとエマをそうしてしまったのは自分たち。

 銃弾がかすって真っ赤に濡れた左腕。そして、そんな事になっているのに痛がる素振りも見せないエマに神はもう何回目かも分からないため息をこぼした。





「――――ンな訳で、外に出るなら自衛しろ」


 あまりにも帰りが遅くて心配していたら、ずいぶんと物騒な話を聞かされて残っていた魔女と神官たちは驚いた。

 神官たちは対策を練るために話し合いを始め、魔女たちはエマを取り囲む。


「馬ッ鹿じゃないの!! アンタほんとに、」

「いや、私たちが悪い。道具を取り上げて悪かったね。怖い思いをさせてしまった」

「ここ怪我してます、治療なくちゃ」

「はぁ!? なんですぐ言わないワケ!?」

「あらあら」


 マヤがエマの左腕を指差す。そこは確かに服が引き裂かれ、腕には血の跡があった。

  

「大丈夫よ、神様がだいたい治してくれたわ」

「駄目ですよ。痕残っちゃうかも」

「うぅん、別にそのくらい」

「もう黙ってそこに座っててよ」


 魔女たちは地図修復の道具を隅に追いやって、それぞれが別の糸を取り出した。

 メイサが白い糸で手早く薄く柔らかな布を織ってマヤへ。マヤがそこに小さく刺繍を施す。レイナがゴム編みのバンドを編む。

 さっと完成されたそれを、傷の上へとくるくると巻いてとめた。


「アンタ明日一日休みね」

「えぇ? どうして」

「どうしても!!」


 怒ったレイナはドスドスと大きな足音をあげて部屋を出ていってしまった。


「彼女が一番心配していたんだよ」

「ええ、ええ。わかっているわ」


 キッチンの方へ行ったから、きっとエマの夕飯を温めに行ったのだろう。作りすぎたから、と持ってくるために。



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