第9話
ふとなんとなく予感がして神は腰を上げた。
もうすぐ冬になろうかというこの時期、朝は遅く空の端がうっすらと明るくなりつつあるだけで陽が昇るのにはもう少しかかるだろう。そんな時間。
かぎ編みの魔女を強制的に部屋に放り込んでからそういくらも経っていない。
だというのに。
「お前は馬鹿なのか」
「あら。神様おはようございます」
寝ろと言ったはずだ。言ったよな? 言った。確実に言った。それなのになんでこいつはここにいるんだ。あれからまだ二時間くらいしか経っていないが? 馬鹿なのか。馬鹿だな。
はぁ、とため息と共にラグを召喚してエマが座る椅子の近くにごろりと横になる。
「あらあら。そんな所で寝るの?」
「そういう事はまず寝てから言え」
そのまま目を瞑る。寝たいと思ったらいつでもどこででも寝る性分だ。なにせ、怠惰でやる気のない神なので。
エマも特に気にした様子もなく、手元の針と糸に目を向ける。ちらりとそれを片目で確認して、
「…………お前は、」
けれどそれ以上神の言葉が続くことはなかった。エマももう神の言葉など耳に入っていないようだ。
こんどこそ本当に目を閉じた。
「信じらんない……」
「お前らちゃんと見張っておけよ」
神官や魔女が起き出してきて、神が最初にしたことといえば告げ口だった。
あいつ、メシも食ってねぇし寝てもいねぇぞ。そんな事を言えば驚愕したり呆れたり、一通りの反応を全員が返してくる。
特にレイナはあからさまに顔をしかめていた。
昨日、リゾットを用意して置いておいたのも実はレイナだった。本人は「作りすぎたから」と言って全員に振る舞って、「仕方ないから」と言ってエマの分も取り分けていた。
そんな口の割に面倒見のいいらしいレイナに任せておけばいいだろうと、神はそのまま部屋を後にした。
そんな出来事があって、しばらく経ったある日。
「アンタいい加減にしなさいよ!!」
ついにレイナの怒号が聞こえて、神はちらりとそちらに意識をむけた。
まぁ、いつかこうなるだろうとは思っていた。
「ちゃんと食べてちゃんと寝る!! 手元狂って雑な編み目になるでしょうが!!」
「あらあら、ほんとう? どこ?」
「全部綺麗な編み目ですよ」
「魔法だって編み入れなきゃいけないんだから!! 抜け漏れがでたらどうすんの!!」
「それは困ったわ。どのあたり?」
「全部きちんと入っているよ」
「ほんっっっと何なのアンタ!!!」
ぜんぜん食べていないし寝てもいない、ろくな休憩もとっていない癖にエマの編み目の揃いかたはもはや異常だった。どうなってるんだコイツ、というのはそこにいる全員の気持ち。
言っていることはレイナが正しいので、どんなに美しいレースが出来上がっていても皆そこまでエマの味方はしない。
「休憩くらいしなさいよ! 見てるこっちが気になるのよ!」
「ううん、でも、」
「ああ、それならちょっと街まで行ってお菓子を買ってきてくれないかな」
休憩なんていらないわ、そう言いかけたエマに割って入ったのはメイサだった。にこりと王子さまのような顔で笑って。
「私たちは王都に詳しくないから、美味しいパティスリーの場所も知らないんだ」
「けれど、私もあまり知らないわ」
「それでも私たちよりは知っているさ」
頼むよ、と有無を言わさず椅子から立たせるエスコートはいっそ見事だった。あれよあれよという間にエマは地図から離されていく。どこで何を編み出すか分からないという理由で、常に携帯している編み針や道具の類いはすべて没収。財布だけを持たされた。
「神様、一緒に行って見張っててよ」
「あ? なんで俺が」
「アンタが一番何もしてないからに決まってるでしょ。そもそもアンタ寝てばっかりだけど本当に世界救う気あんの?」
エマと神は追いたてられ部屋から出され、ヴェルトの見送りという名の見張りによって階段まで連行された。
「面倒くせぇな。お前が行ったらいいだろ」
「僕やることあるんで」
「チッ」
ヴェルトにまで冷たくあしらわれた二人は階段をのぼり、社まで出た。久しぶりの外の空気。天気は晴れ。秋の空気はひんやりしていて、それを太陽の光が暖かく包む昼過ぎ。
「昼寝日和だな」
「あらあら、いつもでしょう」
「うるせぇ。俺は寝る」
社の外にも出ずに、板敷きの間にごろりと横になった神。それをちらりと見て、エマはさっさと歩きだした。
おつかいを済ませてくるだけで、一緒に出掛ける必要性は特に見当たらないので。
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