第7話
世界の裏側にはたくさんのものがあった。
いろいろな言語でかかれた本が詰まった大きな本棚、指す時間の異なる時計がずらりとならんだ壁、色とりどりのストームグラス、巨大な天星図、ほかにもたくさん、見慣れたものも見慣れないものも。
そのすべてが、かつての最高位の魔女たちによってつくられたものだと分かる。
「こっちだ」
その間を縫っていく。迷ってしまいそうなくらい長い道のり。この”裏側”というのはいったいどのくらいの大きさの空間なのだろう。
しばらく歩いていくと、ぽっかりとひらけた場所に出た。巨大なテーブル。そこに広げられているのは。
「――――あら、まぁ」
この世界の地図だった。
紙にペンを使って書かれたものではない。それは、布と糸で立体的に作られた”地図”という名の作品だった。
広大な大地は織物。糸を変え色を変え太さを変え、あるいは組み合わせて草原を荒野を砂漠を表現している。
高く聳える山々は編み物で。連なる尾根筋にただひとつとして同じものがないように、
平地に広がる街や花畑は刺繍。色とりどりの糸が華やかに、そこに息づく人や自然の営みを再現している。
雄大な海はレース編みで。穏やかさも荒々しさもさざ波も渦潮も、そのすべてが繊細な模様で作られている。
圧巻だ。
けれど、相当に劣化している。
ほつれ、やぶれ、穴が空き。色褪せてしまった布や糸は痛々しいほどだった。
本来ならば度々修復の手が入るはずだったのだろう。けれど、それは魔女たちの減少により叶わなくなってしまった。そしてこの地図にかけられた魔法。世界が痛むたびに地図も痛み、地図が劣化するとともに世界も劣化していった。
これは、世界の現状そのもの。
目を背けたくなるような傷。
「――――できるか」
神が振り返った。
魔女たちは。
「これを、私たちが修復……?」
「本当に?」
「こんなもの、触って……私たちが、」
「あらあら、まぁまぁ! なんて、なんて素敵なの!」
全員が目をキラキラと煌めかせて、地図を眺めていた。
「早速とりかかろう。ここは自由に使ってもいいのかい。なら私の機織り機はここに置かせてもらおうかな」
機織りの魔女メイサがその鞄からずるりと、鞄の大きさからは考えられないほどの大きさの機織り機を取り出してどすんと置いた。
「じゃあ私ココね。あ、ねぇこの部屋飲み物とか飲んで大丈夫? そう、じゃ遠慮なく」
棒編みの魔女レイナの鞄からは道具箱と座り心地のよさそうなソファにテーブル、それにティーセットが取り出されて早速紅茶の香りが漂う。
「えっと、あの、このあたりの物はどかしても大丈夫ですか? あっちにまとめておきますね」
刺繍の魔女マヤが近くに置いてあった本たちを隅に寄せて、ふかふかのラグマットと大きなクッションを取り出して裁縫箱を設置。居心地のよさそうな空間を作っていく。
「うふふ、どこから手をつけようかしら。こっち、あ、ここ素敵だわここにしましょう」
かぎ編みの魔女エマは鞄からとりあえず道具類だけ取り出して足元に置いて、地図の前から動かない。
「…………魔女って、」
「ほっとけ。魔女なんざだいたいこんなもんだ」
その様子を見ていた神と神官たちはお互いに顔を見合わせて、驚き、呆れて……神のいうとおり、放っておく他なくなった。
以前、魔女たちを連れてくるにあたって、世界がどうのなんて説明は彼女たちには不要だと神は言っていたのだ。神官たちはそんなはずないと一蹴したけれど。
本当にそのとおりだったかもしれないなぁ、とヴェルトは魔女たちを見て思う。だってたぶんこの人たち、この地図を見せればすぐ動いてくれた。この人たちは世界の危機よりも目の前の地図をいじれる事の方が大事なんだろうな、きっと。
「それが魔女っていう生き物なんだよ」
そう吐き捨てた神の声は、けれどどこか苦笑混じりだった。
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