第6話


 アンリと呼ばれた神官が魔女たちに向き直る。今一度ご説明させていただきます、と丁寧に礼をとるアンリを神はちらりと見て、どこからともなく出した椅子にどかりと腰を下ろした。


「この世界が直面している問題は、世界同士の衝突。そして異世界からの侵略です」


 こちらの世界に神として降り立った、異世界からの侵略者。それは信仰心を利用してこの世界の生活を一変させてしまった。

 手作業と魔法によるモノづくりから、全自動機械化オートマティックへ。

 そうして、あちらの世界と同一化して、衝突と同時に世界ごと取り込もうとしてる。


「神は追いやられ、魔女たちは姿を消してしまった」


 この世界を形作ってきたものたちがいなくなり、世界はどんどん弱っていった。相手の思惑どおりに。


「もう、猶予はありません」


 向こうに取り込まれたらどうなるのか、それは誰にもわからない。支配下におかれ、ゆるやかに存在を消されていくのか。それとも、ぶつかった衝撃ですべてが消し飛ばされ、更地になった土地だけを明け渡すことになるのか。

 どちらにせよ、こちらで生きる者たちにとってはろくなことにならないだろう。


「衝突まで、あと一ヶ月」


 神が調べたところ、こちらに残された時間はそれしかないようだ。

 とりあえずは、衝突を凌ぐ。回避できずとも、被害をできるだけ小さくしたい。根本的な対処ではもちろんないけれど、やらねばそれまで。


「ここにいる魔女の皆様には、世界の修復と強化をお願いしたい」


 社の中、地下深くにあるあの扉の向こうは神の領域。世界の裏側バックヤード。神はここで、世界のすべてを管理する。

 その中に、”世界地図”と呼ばれるものがある。

 大昔、ここにいる魔女たちの祖先が神と共に作り上げた世界地図。世界が荒れればその地図も損なわれ、地図を修復すれば荒れた土地も甦る。そんな魔法の地図が。


「――――何のために?」


 魔女のうちの、誰かが聞いた。

 地図を修復したところで、実際の土地がすぐに回復するはずもない。それを何故、今するのか。


「神の力を保つために」


 世界の傷は神の傷と同じだから。一ヶ月後に向け、少しでも力をつけておく必要がある。そして、もしも被害が出ても致命傷にさせないために。


「――――今さら?」


 魔女のうちの、誰かが言った。

 そう、今さらだ。すべてが遅すぎるのに。以前は各国に一人いた神はもういない。そのほとんどが、今ここにいる一人以外の神が消えてしまった、弱りきったこの世界。もはや死にゆくだけの世界を存続させる意味は。勝ち目の見えない戦いに挑む訳は。


「今生きているたくさんの人たちを見捨てていい言い訳にはならないでしょう。それに、ここは私たちの故郷です。たったひとつの、大切な」


 けれど。


「無理強いはしません。判断は委ねます」


 アンリがそう締め括った時、エマが見ていたのはアンリではなかった。

 その向こう、椅子に頬杖をついて気だるげに座るその人。こちらを見ようともしないその瞳は、いったい何を映しているのだろう。伏せられた長い睫から見え隠れする墨色の瞳。そこに宿るのは、諦めと、それから、その奥に何かあるような気がして。






 

「四人も残ったのか。物好きだな」

「そんな言い方、」

「事実だろ」


 一人の魔女が姿を消した。残ったのは四人。神官たちは、特に彼女を連れてきた神官は気落ちしているようだけれど、神は「は、」と鼻で笑うだけだった。

 

「彼女の事情を考えれば仕方のない事かもね」

「かぎ編みの魔女さんも、確かあの方と同じような境遇だったような……」

「ええ、ええ。そうね。でも、私そんなのちっとも気にしてないわ」

「アンタ、それ薄情すぎない?」

「そうかしら? けれど私、そんなことよりも"世界地図"の方が気になって仕方ないわ」


 途端、魔女たちが喋りだす。出ていった魔女の事情は、彼女たちにはわかりきった事だったから。だから誰も止めやしなかったし、特に何か声をかけるでもなかった。


「では、魔女様たち。こちらへ」


 促され、おしゃべりをやめて扉の前へ。その前には神がいる。四人の魔女は揃って礼をとり、頭を垂れた。


 大きな空間にたったひとつある扉。その向こうは


 

「機織りの魔女、メイサ・テクスタイル

 刺繍の魔女、マヤ・エンブロイダリー

 棒編みの魔女、レイナ・ニット

 かぎ編みの魔女、エマ・クロッシェ


 ――――世界の裏側への立ち入りを許可する」 










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