第5話


 神であろう本人にも言われた事だし、全員が顔を上げてそして、言葉を失った。おそらく何か文句を言おうとしたのであろう棒編みの魔女でさえも、口を開けたままで止まってしまった。


 そこにいた神が、あまりに美しすぎて。


 すっと通った鼻筋に、形の良い眉。垂れ気味の目は甘くならずに涼やかで、それを縁取る睫が頬に影を落とすほど長い。背中まで届く黒髪が無造作に垂らされているというのにそれが何とも色っぽく。

 すべてが絶妙に配置された顔のつくりに、全員が魅入られてしまったかのように動けない。


 ただ一人、エマを除いて。


 エマ、そんな狂気のような美しさの顔面になぞこれっぽっちも興味がなかった。

 

 見詰めるのは、その着物。この国で昔、百年前くらいまで着られていた古い衣服。今ではみんな洋服を着るようになってしまって廃れたそれが、もう一度見られるとは思いもしなかった。

 

 素材は縮緬ちりめんかしら。ここからでは見えないけれど、色無地ではなさそう。たぶん小さな模様が連なっているんだわ。帯や小物にいたるまで、あれはきっと当時の最高峰の魔女たちの作品。幾重にもかけられたおまじないが複雑怪奇に折り重なっていっそ美しい。

 そんな超がつくほどの高級品だというのに、それを身に纏う本人はだらりと着崩してしまっている。けれど、それでも品を失わないのはきっと――


「――――おい」


 真上から降ってきた声にエマの思考が途切れる。

 ……真上?


「面倒だとは言ったが、そこまでグイグイ来るやつがあるか」

「あら……?」


 どうやら、着物が気になりすぎてどんどんと近づいていっていたらしい。見上げたらものすごく渋い顔。うしろを振り返ったら四人の魔女が青ざめていた。


「あらあら、私ったら。失礼いたしました」

「せめてもう少し心を込めて言え」


 ぱっと離れて、そ知らぬ顔で棒編みの魔女の隣に並ぶ。


「ちょっと! 何してんの信じらんない!」

「だって着物が気になったのだもの。仕方ないわ」

「何も仕方なくない!」


「……いえ、いいんです。この方にはそのくらいで」


 ヴェルトが割って入ってきた。その後ろにはいつからいたのだろう、数人の神官。その人たちもまた、ヴェルトの言葉にうんうんと頷いていた。


「もう、またこんなに着崩して。皆様と会うんですからちゃんとしてくださいって僕あれほど言いましたよね!?」

「うるせェな。猫かぶったところでどうせすぐバレるんだからいいだろ」

「初対面くらい取り繕ってくださいよ! だから怠惰だとかやる気ないとか好き勝手言われるんですよ!」

「事実だろ」


 仮にも神に対してこの態度。しかも、あの気弱なヴェルトが。なるほど、遠慮はいらないんだなと魔女たちは早々に理解した。


「はぁ。もういいだろ。――――アンリ」

「はい」


 キャンキャン騒ぐヴェルトをしっしと手で追いやって、神官の一人を呼ぶ。呼ばれたその彼は神に対しては呆れ混じりの、魔女たちには申し訳なさそうな顔をして前に出た。



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