第4話


 階段をおりた先は、ぱかりと開けた空間だった。

 そこにあるのは、扉ひとつ。そして、


「ちょっと! いつまで待たせる気なの!」


 そこにいた四人のうちの一人が、声を荒らげてずんずんとヴェルトへと詰め寄ってきた。

 肩の上で切り揃えられたまっすぐな黒髪が揺れて、真っ赤なルージュに彩られた唇はへの字。


「こういうのは待ち時間がないようにきちんと段取りを決めてからやりなさいよ!」

「ひえ、す、すみません……!」


 どんな文句が飛び出すかと思えば、至極真っ当な意見だった。苛烈な物言いにヴェルトは泣きそうだけれども。


「――アンタ、もしかしてかぎ編みの魔女?」

「ええ、ええ。そうよ。お嬢さんは棒編みの魔女ね」


 そんな彼女がヴェルトからエマに視線を移す。エマを上から下まで眺めてそれから、


「やっぱり。どうりで野暮ったいと思った」


 はん、と鼻を鳴らして言い捨てた。

 彼女が着ているのは身体のラインのはっきりと出る真っ赤なニットワンピース。大ぶりなアクセサリーに、ロングブーツ。それに負けない派手な化粧が似合うはっきりとした目鼻立ち。

 対するエマといえば、真っ黒なワンピース。裾にレースが編みつけてあるものの、それも黒糸で編まれている。ショートブーツも黒。ふわふわ揺れるグレーがかった薄茶の髪には髪飾りバレッタのひとつもついていない。色味の少ない服装だけれど、群青、紫、白、金と複雑に変化するグラデーション糸で編まれた三角の肩掛ショールだけがあまりにも鮮やかで。


「かぎ編みの魔女が来るって聞いたから、どんなのかと思ったけど。ただの地味でダサい……」

「まぁ凄いわ。なんて綺麗な編み目」

「ちょっと!」


 けれどもエマは彼女の話を何一つ聞いてはいなかった。そんなことよりも彼女のワンピースが気になって気になって。


 肌触りの良さそうな毛糸。山羊カシミヤかしら。を甘くしてあるからふわりとしているぶん編む時に針に引っ掛かりやすい。それを優しく丁寧に編んでいるのが良く分かる。


「守りのおまじないの編み込み方もとっても上手だわ。これは貴女が編んだの?」

「……そうだけど」

「腕がいいのねぇ」


 それに、こんなにも細身なワンピース。体型にあわせて作ったのだろう。そうでなければスタイルの良い彼女にぴったりのものは作れない。ゲージとパースのとりかたも正確。


「いいわねぇ。私もつくってみようかしら」

「かぎ編みなんて、どんなもの作っても野暮ったくなるんだからやめとけば?」

「そうよねぇ。やっぱりこういうのは棒編みの方が仕上がりが軽くていいのよね」

「……ねぇ、いま私悪口言ってんだけど」

「あらあら、そうなの?」


 適材適所の話でなくて? なんて本気で聞き返すエマに彼女はなにこいつ、という顔で返す。



「――――姦しいな」


 その妙なやり取りを止めたのは男性の声だった。

 かろん、と木の鳴る音と共に聞こえた声は、低く艶やかで。

 五人の魔女は振り返り、そして即座に頭を下げて礼をとる。その姿、そして肌にぴりりと突き刺さる神気はまさに神そのものだったから。


「ンな事しなくていい。面倒だ。顔あげろ」


 は? と誰かが、たぶん棒編みの魔女が言った。吃驚したときの「は?」でも、疑問があるときの「は?」でもなくカチンときたときの「は?」だった。


 彼の声は低く艶やかではあるけれど、不機嫌と面倒を全面に押し出したとてもとてもやる気のない声だったので。









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