第2話


 この世界は緑が深い。

 ここ百年くらいで急速に進んだ近代化によってだいぶ減ってしまったけれど、それでも都市から一歩外に踏み出せば、深く濃い森が広がっている。

 いや、森のなかに都市が点在しているといった方が正しいかもしれない。そんな都市たちを、森の中を縫うように整備された街道が繋いでいる。

 

 ここ、王都でさえそうなのだから、他の都市なんて推して知るべし。


 そんな王都の端の端。そこにエマとヴェルトはいた。森と都市の境もあやふやな、ほぼ森といってもいい場所。


「こんなところに教会があったのねぇ」


 この国の、元からある建築様式ではない。建てられて百年ほどだろうか。当時はさぞ立派な姿をしていたのであろう、その教会はもう建物の半分以上を森が覆ってしまっていた。どうしてこんな風に打ち捨てられたのかは分からない。


「ふん。こんなのいいんですよ、これで」

「あらあら」


 およそ神官らしくない事を言い放つヴェルトに笑って、エマはそのうしろを着いていく。教会の裏手にまわって、そこから延びる道をたどって。


「エマさまは……一面の空を見たことがありますか」

「ええ、ええ。あるわ。むかぁしにね」


 疑問符のついていない質問は、ただの確認でしかない。それになんてことなく返すエマは、やっぱり魔女だった。


 人とは違う魔女たちは、長命だ。

 いったいどれくらい長い時間を生きるのかはわかっていないけれど、少なくとも今の質問によって見た目が二十代くらいでも二百うん十年以上は生きていることになる。

 空が半分以上欠けてしまってから、そのくらいは経つから。


「じゃあ、……神様の事は。この世界の、元の、神様は」

「ええ、ええ。知っているわ」


 なんて事はないように、会ったことはないけれど、なんて言うエマ。突然ぱかりと開けた視界、そこに建つ小さな社にぱちりと瞬きをひとつして。


「あらあら、とっても懐かしいこと」


 そう言って、小銭をちゃりんと賽銭箱に入れた。

 頭を二度下げて、手を合わせる。ぱん、ぱん。柏手二回。そうしてまた、深くお辞儀をして。


 一説には、魔女たちには神様の血が流れているんだそう。この世界にたくさんいた神様たちの、どれかの血。だから人とは違う力をもって、長く長く生きるのだそう。


 もう誰も知らないであろう、この世界の元の神様への祈りの捧げかたを知っているエマは、


「……魔女だぁ」

「ええ、ええ。魔女ですよ」


 よかった。本当に魔女を、探していたかぎ編みの魔女をここまで連れて来れたのだとヴェルトは泣きそうになって、急いで袖で涙をぬぐった。


「あらあら、坊やは泣き虫だこと」

「泣いてませんよぉ」


 すん、と鼻を啜って気を取り直して、よし。


「改めまして、かぎ編みの魔女、エマ・クロッシェさま。どうかどうか、この世界を、神様を救ってくださいますよう、お願い申し上げます」


 社の扉が開く。

 ぎぎ、と音を立てて木製の格子が横へとスライドしていく。開いたその向こうの板敷きの間。シンプルな祭壇。ご神体であろう鏡。その向こう。


「あらまぁ」


 地下へと続く階段が、静かにエマを待っていた。

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