水面を見つめる蜻蛉は、自分が飛べることを忘れている

壱翅 ― isshi ―

昨日の自分と

今日の自分は


まったくの別の生きものだ


言い聞かせてきた

砂に 土に 暗闇に

ずっと篭ってはいられないと


待てば糧が滑り落ち

望めば眠れ

生きようとしなくとも


明日を望まなければ

不自由がない

自由がない

そんな幸せな日々だった


あの日 背を突き破り

まっすぐに生えてきたはね

凄まじい痛みと共に生まれた


母 父 友とも 違う

使いものにならない一翅いっし


まだ 早かったのか

そもそも あり得なかったのか


砂から這い

水たまりに覗く今日は

翅が突き出した 昨日だった


なんの変哲もない幸福に

水面に映る雲を追う

早すぎた変態が 身体を刻もうと

透き通った一翅が 砂で曇ろうと


痛み以上の羽ばたきを知った

幸福以上の不幸に撃たれた


一翅ではなく

一対を望み

二対に焦がれ


この儚く透明な不幸が消えない内に

空を見上げない一瞬だけを


明日の自分が千切れても












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