過去2 女神さまからもらったスキル

『あるではないか、そなたには特別な力が。私が授けたテイムの力をうまく使えば、そなたの牙は王家にだって届きうる』


 声を聞いた瞬間にピンをきた。

 この声の主は人じゃない。

 おそらく妖魔……いや、神様かも……


 そう気付いた瞬間に、俺の視界は鮮烈な光に包まれ――


「なんだ……ここ? 森……?」


 ベッドで寝ていたはずの俺は、いつの間にやら夜の森に立っていた。


 周囲には樹齢数千年と思しき巨木が無数に並んでいる……おそらく、森の最深部だろう。

 人が立ち入ってはいけないとされる、神聖な領域だ。


 木々の隙間から湖畔が見える。

 その水面は月の光を反射して、神秘的に輝いていた。


 俺は湖畔の光に吸い寄せられて、ふらふらそちらに歩いていった。

 すると、そこには――


「――――」


 思わず声を失った。

 湖畔のふちに裸の女が座っていた。


 一目で、人間ではない事がわかった。

 なにせ肌が緑色だ。

 髪は茨で、背中の所々に蔦や葉が生えている。

 おそらく神だ、それも高位の女神様だ。


『私が誰かわかるか、少年?』

 女はくすりと笑ってそう聞いてきた。


 当然、俺は戸惑った。

 誰かわかるか、なんて聞かれても困る。

 女神の種類を一目で見分けられるほど、俺は神学に明るくない……いや。

 

「…………」

 湖畔に座る緑色の女神様……以前、そんな話をどこかで聞いた覚えがある。

 そうだ、親父から聞いたんだ。


「もしかして、俺の一族にテイムの力を授けてくれた女神様……?」

 名前はたしか――

「ヴィンシーラ様!」


『察しがいいのう。その思考のキレの良さ、そなたの太祖にそっくりじゃ。顔つきもどことなく似ておる』

 女神は感心したように頷くと、俺を優雅に手招きした。

『ほれ、近う寄れ。そなたに授けたいものがある』


 ごくり……。

 俺は喉をならしながら、恐れ多くも女神様のすぐ側にまで近づいた。


『ギーグ・マシューの血を引く少年、リュート・マシューよ。そなたに新たな力を授けよう。飽くなき性欲と上昇志向を携えたそなたにピッタリな、世にも恐ろしき力よ』


「……ッ!」


 体がぶるりと震えた。

 ああ、なんという幸運だろう……女神が願いを聞き届けてくれるだなんて。

 神が、直々に授けて下さる力――きっととんでもない力を秘めたスキルのはずだ。


 この力を手にすれば、俺は。

 これ以上、やり場のない焦燥感に身を焼かれずに済むようになるかもしれない!


『この力は使い方次第では、国家を危ぶむ災厄にすらなりうる。それほど大きな力じゃ、当然ながら保有者には激動の運命が待ち受けておる。これまでのような長閑な生活は決して送れなくなるぞ。二度と安眠できなくなるやもしれん。そのリスクを受け入れる覚悟は――』


「はいあります! 早く力下さい!」


『早ッ……! そこは少し逡巡するところじゃろうが!』


「? せっかく女神様から力をいただけるのに、ためらう奴なんています?」


『いや、でもな……物語の主人公はこういう場合、少しためらうものでな? それが様式美というもので……段取りは大事にしよ? 振りでもいいから少し悩んで? はい、テイク2』

 

 女神は一つ咳払いしてから、先程の長セリフを言い直した(多分、事前に練習していたんだと思う)。


『この力は使い方次第では、国家を危ぶむ災厄にすらなりうる。それほど大きな力じゃ、当然ながら保有者には激動の運命が待ち受けておる。これまでのような長閑な生活は決して送れなくなるぞ。二度と安眠できなくなるやもしれん。そのリスクを受け入れる覚悟はあるか?』


「…………」


 俺はすぐに返事をする事ができなかった。

 新たな力を受け取れば、俺はこれまでの生活を全て失う事になるのかもしれない。

 この地を離れる事になるだろう。

 親父とも生き別れになるだろう。

 そんな…そんなの……

「あ、はい。大丈夫ですー」


『様式美ィ……』

 女神は両手で顔を覆った。なんか、理想と違ったらしい。

『まあよい……はいはい、もうわかりました。現代っ子に古き良き神話の様式美とか求めた私がバカでした』


 女神は投げやりにそう言って、俺の頭にポンッと手を置いた。

『シンジャーヴの森の神、ヴィンシーラの名において、ギーグ・マシューが子孫、リュート・マシューに祝福を授けよう』


「――――」

 女神が声を発するたびに、俺の体から光の泡のようなものが次から次に浮かびあがってくる。

 そして、視界の中央に文字が浮かび上がった。

【テイム】

 そう書かれている。


『代を重ねて私の授けたテイムの力を磨き抜いたマシューの家の者どもよ! 今こそその忠心に報いよう! マシュー家が末裔、リュート・マシューに最上のテイムを授ける!!』


 女神が高らかにそう告げた瞬間、俺の視界に浮かんでいた文字が変化した。


【テイム】→【ヒューマンテイム】

 

「ヒューマンテイム……」

 字面を見た瞬間に、頭の中に情報が流れ込んできた。


 ヒューマンテイム……人間を傀儡化する能力。

 相手の体に触れながら、

「テイム」

 一言そう唱えるだけで、誰もが俺の言いなりになる。


 どれほど屈強な勇者であろうと、俺に跪くようになる。

 どんなに高貴な貴族であろうと、俺に従うようになる。

 そればかりか… 


「どんなに貞潔な淑女であろうと、俺に股を開くようになる……!」


『ああ、たとえ相手が王妃であろうと思いのままじゃ』

 女神様はフフッと悪い笑みを浮かべた。


「俺が、王妃とやれるかもしれない……?」

 以前、行商人から噂を聞いた事がある。

 この国の王妃は耳長族の国から輿入れしてきた亜人の姫で、世に比類無き美貌を誇る生ける宝玉……とか、なんとか。


 そんな女と、俺が……? 

 こんなボロ切れみたいな服を着た狩人のガキが、交尾できてしまうのぉ…?


『王妃の胎にコソッと子種を仕込んでしまえば、王家の血筋は入れ替わる。そなたの子々孫々が、この国を統べる王となるのじゃ』


「え、それヤバ」

 思わず、女神様にため口を聞いてしまった。


 だってそれヤバくない? 

 性欲を満たせるばかりか、王家の血筋まで乗っ取れるとか。

 一石二鳥どころの話じゃない。

「フヒッ……フヒヒヒヒヒヒ……」

 ああ、笑いが止まらなくなってしまった……!


『その邪悪な笑みを見てると思い出すのう。そなたの太祖、ギーグ・マシューも克己心に富んだ男でな。自分がこの国の王になる事を夢見ておった。一介の村人のくせに、身の丈に合わぬ夢を』


 空を見上げて目を細める女神様。

 俺の先祖と過ごした日々を、思い出しているのだろうか。


『だが、ギーグ・マシューは本気じゃった。心の底から夢にくるっておったのじゃ。だから私は授けてやった、強力な【テイム】の力を――まあ、あやつは結局、夢半ばで死んだがな。テイムの力で従えた魔獣共々、王軍に息の根を止められた』


「…………」

 俺のご先祖様、反乱者だったんだ……。

 良かった、一族郎党根絶やしにされなくて……。


『ヒューマンテイムの力を用いれば、ギーグ・マシューの悲願もいずれ叶えられよう。だが、慢心してはならぬぞ? テイムの力は使えば使う程磨かれていくもの。まずは身の回りの者に使って、新たな力を体に馴染まさせるよい。習うより慣れろ、じゃ』


「はい!!!!!! 使いまくります!!!!!!!!」


『うむ、行動力に富んでいて大変よろしい』

 女神はちょっと呆れたように笑った。

『女神からの解説は以上となるが、他に何か聞きたい事は?』


 ヒューマン・テイムについてこれ以上聞きたい事は特に無かった。

 こういうのは弓の使い方と同じで、自分で試行錯誤するのが一番早い。

 スキル以外で聞きたい事はと言えば――


「女神様と、ギーグ・マシューの関係は?」


『ムッ……』

 女神はちょっとうろたえた様子で目を泳がせた。

 緑の肌がほんのり赤く染まっているような……


『野暮はよさぬか、マセガキが!』


 女神にポカンと一発殴られて、俺の意識は遠のいた。

 そして……ふと気が付くと。


「ん……? 家か、ここ……」


 俺は、家のベッドに身を横たえていたのだった。


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