過去1 まだ、普通のテイムしかできなかった頃の俺

 まずは俺の生い立ちについて話しておこうと思う。


***



「俺はこんな小さな村の狩人で終わりたくない。いつか王都に行って成功したい。ビックになりたいんだよ!!」


「売れない吟遊詩人バンドマンみてえなこと言ってねえ働け、このバカ息子!!」


 俺はロンヴァール帝国辺境の小さな村で生まれ育った。

 自然豊かな村と言えば聞こえはいいが……要するにド田舎だ。遊び場は森と湖しかない。


 親父は代々続く狩人の一族の末裔で、一人息子の俺はその後継ぎとして育てられた。


「バカ息子、てめーはうちの家を継ぐんだよ。そろそろ狩人として生きる覚悟を決めやがれ」


「うるせえな、親のエゴを押しつけんなよ。こんな村にいたってろくな生活送れねえだろ。俺はもっと有名になりたいし、良い暮らしを送りたいし、高貴な女を食い散らかしたい」


「バカ言ってねえで弓を持て。狩りいくぞ」


「チッ……。いつか見てろやクソ親父」


 狩人の家の一人息子。御年8歳。

 承認欲求と性欲をこじらせた身の程知らずのバカなガキ。


 それが俺――リュート・マシューのプロフィールだ。


 ほんの少し前までの俺は、村の狩人のガキに過ぎなかったのだ。


 村にいた頃の俺について特筆すべき点は特に無いが……

 強いて言うなら、【テイム】のスキルを持っているって事ぐらいだろう。


 テイムとは要するに、魔獣や動物を従える力だ。

 テイムによって調教された動物は、まるでペットのようによく懐く。

 そして家来のように、唯々諾々と命令に従ってくれるのだ。


 マシュー家の人間は、先祖代々必ずテイムの力を持って生まれてくる。

 なんでも遠い先祖が森の神から直々に、祝福を授かったらしい。

 その力が血に宿り、子々孫々にまで伝わっているというわけだ。


 おかげでうちの一族は、食うに困る事はない。

 テイムの力を持っている狩人は、およそ森では無敵だからだ。

 具体的な狩りの様子はこんな↓感じ。


 テイムの力で従えた猟犬を森に放ち、追い立てられて飛び出してきた動物を矢で射殺す。

 殺した獲物はその場で血を抜き、皮を剥ぐ。

 肉は我が家の食糧に、皮は売り払って貨幣に代える。


 それが100年前から変わらない、俺の一族の生き方だ。

 獲物を見つけて追い立てるのは猟犬の役割で、俺と親父はただ決まった場所に「えいや」と矢を射るだけ。


 はっきりいってちょろい。

 毎日汗水垂らして働いている農民のみなさんに申し訳なくなるぐらいだ。


 もちろん、森ではトラブルがつきものだ。

 巨大な魔獣に襲われたりする事も時にはあるが――


「テイム」


 俺がそう唱えるだけで、どんな魔獣もまるで芸を仕込まれた子犬のように大人しくなる。


 俺のテイムの能力は一族の歴史において随一らしく、目に見える範囲にいる動物や魔獣なら、「テイム」の声を聞かせるだけで従えられる。


「リュート、言いたかねえがてめーのテイムは最強だ。いずれてめーは、この森の王になれるかもしれねえぞ」


 親父は俺がいずれ狩人になると、信じて疑っていない様子だ。

 だが、俺はそんな人生はまっぴらごめんだった。

 こんな辺境のド田舎で一生を終えるだなんて。

 俺は、どうしても街に――できれば王都に住みたかった。


「あーあ、貴族の女を無責任に食い散らかしたいなぁ……」

 村にいた頃、俺はいつも溜息と一緒にそんなつぶやきを漏らしていた。


 なじみの行商人から聞いた話によると、王都には信じられない程美しい貴族の女が大勢住んでいるらしい。


 整った顔立ち、白い肌、出るとこが出た体つき。

 その体を包むドレスには細かな刺繍で花が描かれているらしい。

 俺達狩人が着ているぼろ切れとは大違いだ。


 見たこともない貴族の女を想像するたび、俺は悶々とした。

 ああ、いいなあ……そんな女とやれたら最高だろうな。

 どうすれば貴族の女とやれるんだ? 

 やっぱり王都に住めるぐらい偉くならないとダメなのだろうか?


 ――だったら、俺も王都の一員になりたいなぁ……!


 森の中で泥と獣の血を浴びる毎日なんて嫌だ。

 俺は王都でいい暮らしを送りたい。

 高貴な女と遊びたい、その体をむさぼりたい……!


 体の奥底から湧き上がってくるマグマのような性欲と上昇志向をどう抑え込んでいいかわからず、俺は毎晩ベッドで悶え苦しんでいた。

 王都に住めるぐらい成功するにはどうすれば……貴族の女と性交するにはどうすれば……!

 ああ、ちくしょう……どうして俺は無力なガキなんだ。

 俺に、特別な力があれば――そんなある夜の事だった。


『あるではないか、そなたには特別な力が。私が授けたテイムの力をうまく使えば、そなたの牙は王家にだって届きうる』


 どこからともなく、声が聞こえた。

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