第13話 旅の目的

 その後はお互い無言で、でも不思議と安らかな時間だった。


 結局具体的な過去は語ってくれなかったけど、彼の逸話はいくらでも調べられる。

 そのうち機会もあるだろうし別に良いか。


 それにもう日が沈んでしまう。心惜しいけど帰らなきゃ。

 夜になっても戻らなかったら捜索されかねない。



「そうだ、良い事を思いついたぞ」


 そうしてさっきの森に降り立つと、エルちゃんが口を開いた。


「何を?」


「旅の目的さ。どうせ大した事は考えてないんだろう?」


「いきなり失礼……」


 仰る通り、なんとなくで決めたから明確な目的なんて無い。

 さっきエルちゃんが言ってた様に、色んな経験が出来たら良いなぁ……って。


「旅そのものは手段だ。そして色々な経験が出来るってのは過程と言っていい」


「ぅぐっ……か、過程……」


「はっ……やっぱりな」


 そんな薄い目的も見透かされてたらしく、馬鹿にする様に笑われた。

 なんか恥ずかしい……


 そして私が数秒目を逸らしていた間にエルちゃんは変身を済ませて――


「あれっ!? え、なんで?」


 細切れに弾け飛んだ筈なのに、来た時そのままの格好になってる。

 簡単な服しか作れなかったんじゃ……?


「なんか作れた」


「なんかってそんな曖昧な……ちゃんと出来てるの?」


 もしかして、前回は単純に小さな女の子の恰好が分からなくて作れなかったのかな。

 半年経って慣れたとか……生前を考えるとなんかそれっぽい。


「確認するか? ほれ――」


「捲るなっ!?」


 いきなり躊躇無くワンピースをたくし上げるものだから慌てて押さえた。

 他人が居ないからってやめなさい。そもそも確認させろなんて言ってないし!


 ていうかちゃんと可愛らしいパンツだった……

 一旦作るだけなら拘らなくて良いのに。

 実は見えない所も拘るタイプ? 見せてるけど。



 いや、そんな事はどうでもよくて。


「で、目的って何?」


 とりあえず話を進めようと、揃って歩きながら聞き直した。

 のんびりしてたら本当に夜になっちゃう。


「何処かに居るだろう私の同類達を探すってのはどうだ? 個人的にも色々話してみたいし」


「達……? 実は結構多かったり?」


 どうやらエルちゃんを導いたっていうドラゴン以外にも居るらしい。

 正直興味はあるし、悪くないかも。


「複数居るってのは聞いてるけど、それだけだ。一体どう生きてるのやら……私みたいに人に紛れてる奴も居るかもな」


「へぇ~……うん、良いね。賛成!」


 自分もそうなるかもしれないのなら、私だって話してみたい。


「どんな人達なんだろう。人になってるかは分かんないけど……いや、それでも人か」


「ふふっ……そうやって自然と人扱いするお前だから……」


「え、何?」


 私の呟きに何か返してくれたみたいだけど、小声でよく聞こえなかった。

 でもなんか笑ってるから悪い事じゃないかも。


「なんでもない。――どんな奴らか、ねぇ。癖は強いだろうなと思うよ」


「エルちゃんみたいに?」


「……まぁな」


 冗談めかした返事にこっちも冗談で返すと、すっごく微妙そうな顔をした。

 自覚はあるらしい。



「けど、危険な奴もいるかもしれないってのは覚えておけ」


 今度は一転、真面目な言葉を続ける。

 まぁ、良い人ばかりとは限らないのも当然か。


「えっと……強いとか言う話じゃないんだよね? 気を付けてどうにかなるの?」


「ならない。生前の私でさえ、寝ぼけた奴に殺されたくらいだ」


「寝ぼけ……え?」


 酷い……ていうか、そんなんで人類の英雄を殺されたら堪ったもんじゃない。

 確かにそれは気を付けるも何も無いけど、じゃあどうしろと。


「ある程度は護ってやる。生まれたてとは言え今は同等の存在だし、まだまだ戦いの勘も残ってるからな。長年呑気してる奴に負けてやるもんか」


「呑気、してるのかなぁ……?」


「ただの予想だ。けど、私ですらそんな存在は全く知らなかった……つまり極力目立たない様にしてる筈なんだ。まともな戦闘なんてずっとしてない……かも」


 確かに、そんな強いドラゴンや人が居れば遠くまで話が広まる。

 というか強過ぎて戦いにならないって時点で勘が鈍ってもおかしくない。


「私を導いた奴も寝てばかりだったよ。最低限の事だけ教えて、さっさと何処かに行ってしまった」


「そうなんだ……」


 なんとなく悲しげな声に顔を覗き見ると、空へ遠い目を向けていた。

 寝ぼけて殺されたのにそんな目が出来るなんて……不思議だ。


「千年くらい生きてたみたいだし……たった数年なんてアイツにとっては一瞬で、気にも留めないんだろう。名前も教えてくれなかった」


 せ、千年? なんかもう桁違い過ぎて意味分かんない。

 でも、なんだろう。それは――


「なんか……寂しいね」


「ああ……ソイツは全てを諦めてた。だけど……こうはなるな、人に紛れろ。そう導いてくれたんだ」


 答えが分かっていて尚、行動する気になれないなんて。

 一体どんな感情なんだろう……


「だから私は同類達と話してみたい。何を思って生きてきたのか聞いてみたい。そして、もしアイツの様に孤独に生きているのなら……独りなんかじゃないって伝えたい」


 それが、エルちゃんなりに考えて見つけた目的。

 今は小さな女の子なのに、凄く大きく見えた。


 色々タイミングが合っただけかもしれないけど……今日こうして話せて本当に良かったな。



「お前のお陰で思いついたんだ。お前が寄り添ってくれたから、私も寄り添えるんだと気付けた。ありがとう」


「エルちゃん……」


 そしてそんな事を照れながら言うものだから。

 気付いたらその小さな頭を撫でていた。


 決して子供扱いした訳じゃない。

 ただ、なんだか……触れたくなったんだ。


 今まで何回か撫でようとしても、その度に躱されてきたのに。

 あと少しの心の壁を、やっと越えた気がした。



「っ……」


 ピクリと反応しつつ、何かを耐える様にどんどん顔が真っ赤になっていく。

 なんだこれ可愛い。


「くっ……うぅ……ぬぁああーっ! もう離せっ!」 


「あ……」


 限界だったのか、叫んで抜け出すとそのまま走っていった。


「急いで帰るんだろ!? ほら、走るぞ!」


「え、ちょっ……待っ」


 暗くなってきた中でも真っ赤だと分かる顔のまま、振り返って大声で私を呼ぶ。


 確かにさっさと帰るに越したことは無いけども。

 誤魔化し方が本当に下手だ。


 ともかく私も慌てて追いかけ……無理。速過ぎて全然追い付けない。


「待ってってばー! もー!」


 もう全力疾走だ。

 帰ったらまずお風呂かな……




 あれ? お風呂……ん?

 今更だけど、私って男の人と一緒に生活して……


 騙してるみたいで嫌だった、ってそういう意味!?


 あ、ダメだ。考えちゃいけない事だこれ。

 過去がどうだろうと、今はエルちゃんだ。もうそういう事にしておこう。

 していられるかな……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る