第11話 2人の距離 1

「ふぅ……思ったより早く終わったなぁ」


 今日の仕事は隣街に向かう商人達の護衛だった。


 隣って言っても結構距離があるから、ここまで早く帰ってこられたのは珍しい。

 襲撃が殆ど無くて、最低限の休憩しか挟まなかったお陰だ。


「まだ夕方にもなってないし……エルちゃんと何かしようかな」


 十中八九、勉強か鍛錬になりそうだけど……


 いつも子供達に紛れて遊んでる癖に、私とはあんまり遊んでくれない。

 気の向くまま買い物とか、美味しい物を食べに行ったりとか、もっとしたいんだけどな。




 気付けば一緒に暮らす様になってもう半年は過ぎた。

 だいぶ仲良くなれたと思うけど、まだ少しだけ壁がある気がする。


 まぁ、エルちゃんは人との関わりに慣れてないみたいだから仕方ないのかな。

 どこまで踏み込んでいいのやら……



 そもそもが彼女は謎だらけだ。

 エルヴァンの娘って事になってるけど、そうした理由は分からない。


 いくらなんでも勝手に娘を名乗って良い訳が無いのに……

 それだけ親しくしてた過去があるのかもしれないけど、そこもちぐはぐで誤魔化してばかり。

 というか、むしろまるでエルヴァン本人かの様に語る事もある。


 でも人間じゃない事は確かなんだ。

 しかも姿がドラゴンなだけで、本当はもっと凄い存在なんだとか。

 生物の頂点よりも上って……遠過ぎてもうよく分からない。


 ともかく、あの姿を見てるんだから疑い様が無い。

 しかもやたら可愛い女の子に変身する瞬間まで目の当たりにしたんだから。


 変身――そう、実はエルヴァンは彼女が変身してた姿の1つだったのかも。


 今の所、私の予想はこれだ。

 色々と細かい部分がおかしな事になるけど、他に思いつかないんだよね。



 エルちゃん自身、殊更に過去を隠すつもりがある様には見えない。

 とは言えわざわざ語る気も無いって事も分かる。


 どうやって距離を詰めていくべきなのか……

 こんな風に考えてしまうくらい、私にとってエルちゃんは大きな存在になりつつある。


 妹のようで、友人のようで、人生の先輩のようで。

 本当の姿を見たって、厳しい価値観を知ったって。

 本人は化け物だなんて言うけど……ただ1人の人間として。






「あれ、鍵開いてる」


 そうしてのんびり歩いている内に帰宅。

 どうやらエルちゃんも早めに帰ってきてるらしい。


 私よりも遅くに帰る事も多いのに、今日はお互い本当に珍しいな。

 というか遊びに行かず家で何してるんだろう。


「うわぁ……」


 そんな考えは彼女の姿を見て霧散した。


 リビングのソファ――つまり今や寝床にされてる場所。

 シーツも掛けず、何故かパンツ一丁のはしたない寝姿に思わず声まで出た。



 夏も終わってとっくに涼しくなってるのに……いや、今日は確かに少し暑かったけども。

 ていうかせっかくの可愛い見た目が台無しだ。


 何回も何回も言い聞かせて、身だしなみはもう大丈夫だと思ってたのになぁ……


「ていっ!」


「ふがっ」


 枕を引き抜いて、そのまま顔に叩きつける。

 ちょっと乱暴だけどお仕置きだ。


 距離がどうのってさっきも考えてたし、これくらい遠慮無くやってもいいかな……なんて。


「な、なんだ……? あれ……ん?」


 寝ぼけた様な顔で体を起こして、私を見て時計を見て首を傾げた。


「早くに仕事が終わったから帰ってきたの。で、こんな時間に寝るなんてどうしたの?」


「そうか……いや、なんというか……」


 枕で叩き起こされた事には怒らなかった。ちょっと安心。

 けど、寝起きとは言えなんだかポヤポヤしてる。


「ちょっと不調……かも。上手く言えないけど」


「えっ? そんな恰好で寝てるから風邪ひいたんじゃ……」


「馬鹿言うな。病気なんて無縁な体だ。怪我だってすぐに治るだろ」


 それはまぁそうだろうけど……

 でも体調が悪いのは普通に心配だよ。


「多分、この姿を長く続けてる所為だ。なんか窮屈と言うか、こう……怠い」


「そう……なんだ?」


 始めて逢った時の1度しか見てないけど、あの大きな体がこんな小さな女の子になってるんだもんね。

 そりゃ窮屈……なのかな? 分からん。


「ちょっとでいいから体を戻して動けば大丈夫だと思う」


「なら寝てないで戻せばいいじゃん」


「それこそ馬鹿言うな、街から離れなきゃ大事件だ。でも、だからって勝手に遠出するのもな……説明してからにしようと思ってさ」


 私が帰るまで待ってたって事?

 たまたま早く帰れたから良かったけど、そうじゃなきゃ……


「寝込むくらい弱ってるのに……待たせちゃって――」


「勘違いするな。数日前から兆候はあったし、今朝にでも説明していれば良かったんだ。寝続けた私が悪い」


 確かに最近は起きるの遅いなと思ってた。

 むしろ傍に居る私は気付くべきだった……なんて。


 なんだか申し訳なく感じちゃったけど、そんな私の言葉は読まれてたらしい。


「ともかく、ちょっと街の外に行ってくるよ」


「えっ、ちょっ、待って待って! いくら実力を知られてるって言っても、エルちゃん1人じゃ門で止められるかもっ」


 少し考えてる間にさっさと服を着て家を出ようとするから、慌てて追いかけた。

 幼い見た目のエルちゃんを1人、快く街の外へ見送る人ばかりじゃないんだ。


 結果的には出られるだろうけど……体調が悪いなら余計な手間は掛けさせたくない。


「あー……外壁をこっそり越えるつもりだったけど、そうか……じゃあ行こう」


 全然違う方法で行くつもりだった!?


 仮にも街を護る外壁を気楽に越えようとしないで欲しい……

 というか暗くもないのに見逃す程警備は節穴じゃないし、子供がよじ登ってたらそれはそれで大事件だよ。


 私が帰るまで待っててくれて本当に良かった……!

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