第10話 知らない日常

「ほら、どうした。根性見せろー」


「無理無理無理っ! 根性でどうにか出来る事じゃないでしょ!?」


 あれから数日後。

 改めてアリーシャと戦闘訓練をする事にした。


 念の為に街の外に出たけど、そのうち人前でも気にしなくなる日が来るだろう。

 誰かさんのお陰で開き直れたからな。


「基本は出来てるんだ。なら頑張ればどうにかなる」


 内容は魔法に対処する訓練。

 避けたり防いだりなんてのは、経験を体に叩き込むのが一番だ。


「一歩目が遠いよ!?」


「とにかく魔力を読み取れ、感覚を覚えろ」


「痛っ……やっぱ無理ぃ! 速過ぎるってば!?」


 魔法には絶対に予兆がある。

 何処へどう放つか、相手の魔力を読み取る事で察知出来る。


 とは言え誰でも出来る訳じゃない。

 難しいからこその厳しさだ。



 ちなみに雷の魔法は最も速いが、扱いは最も難しい。

 せっかくの速度を落とさないと制御さえ出来ない、なんて奴は多い。

 私くらいになればまさしく一瞬だがな。




「だいぶ動きが悪くなってきたか……仕方ない、一旦休憩するか」


「や、やっと……厳し過ぎる……」


「次は威力を上げるぞ。ついでに殺気を込めてやる」


 まだ上手く対処出来ないのは当然。

 だから最低限まで威力を抑えてたけど、予定変更だ。


「一層厳しい!? なんで!?」


「お前は危機感が無い。こんなんじゃ本気になれないみたいだからな」


「精一杯やってるのに……」


「自分じゃ分かってないだけだ」


 相変わらず元気一杯の癖に、まだ気付かないのか。

 いい加減しっかり教えてやろう。

 ついでにこの間の話も仕切り直せる。



「森で追われていた時も、私が軽く脅した時も、今も。お前は本能で理解してるんだ。眠ってる力を使えれば、この程度は脅威でもなんでもない……ってな」


 命に係わる危険が無ければ、目覚める必要も無い。

 私が助けた事も含め、なんとも幸運だったもんだな。


「その力ってのもよく分かんないんだけど……結局何?」


「ただの魔力だよ……常人の何十倍もの、ね。エルヴァンと同じって言ったのもそういう事だ」


 始めて彼女の魔力を感じた時は、本当にギリギリまで消耗してると思ったんだけどな。


 近くで見てみれば全然そんな事は無かった。

 彼女の中に蓋をされた箱がある様なイメージだな。


「どうせいつか目覚めるなら、私はその手助けをしたい。その後の事も含めてな」


「その後……?」


「お前の性格じゃ、力があれば人の為に使うだろう。それはエルヴァンが辿った道だ。その先は孤独……だから私が傍に居る」


 その蓋を開けたら、良くも悪くも人を外れてしまう。

 だからこそ私が隣に居る意味があると信じたい。

 あんな思いはしなくていい、させはしない。


「それがこないだ話したかった事?」


「ん。強大な力に縋り付く半面、そんな力が近くにある事を恐れる……それが人間だ」


 人の範疇での強者なんてのはいくらでも居るだろう。

 けど、大き過ぎる力では……


「本当にそんな事になるの? というかなんでエルちゃんが……」


「可能性として充分に有り得るさ。私が語れるのは……エルヴァンから聞いたから、とでもしておこう」


「曖昧だなぁ……」


 私は私として生きたい、エルヴァンとして見られたくない。

 なんて言っても、ここまで語ってる時点でズレてるよな。


 というか、流石のアリーシャでも気付きそうだ。

 別に気付かれたならそれで構わないんだけど。


 この軽くて複雑な感情は何なんだろうか……






 その後も日が暮れるまでたっぷりとアリーシャを虐め……いや、真面目に鍛えた。


「ぅあ~、疲れたぁあ~……お風呂ぉ~」


 そしてだいぶズタボロになった彼女は、家に帰るなりヨロヨロと風呂場へ歩いていく。

 ちょっとやり過ぎたかもしれない。


「ゆっくりリラックスしてこい。夕食は私が用意してやる」


 休める時にしっかり休むのも大事な事。


 というか私だって気を遣える。

 いくらなんでも、ここから更に夕食も作れとは言わない。


「えっ……いきなり優しい。なんで?」


「うるさいな、早く行け。汚い、汗臭い」


「酷い……やっぱり優しくない……」


 なんで不思議そうにされなきゃならないんだ。全く。




「さて……じゃあ久々の料理といくか」


 しょんぼりと風呂へ向かったアリーシャを見送って、私はキッチンの方へ。


 美味しい物を作ってやりたい所だけど、果たしてどうなるか……

 最後に料理してから何年振りなのやら。



 小さい体でどうにか料理しようと動き回る。

 そんな自分の姿を客観視して思わず笑えてしまう。


 まるで一生懸命にお手伝いを頑張る子供そのものだ。

 こんな事を死んでから経験するとは。


 でも正直、そんなに悪い物じゃない……かな。






「あー……うん。まぁ、いいか……」


 とりあえず出来たけど……

 量が分からなくて作り過ぎたし、思ったより上手くいかなかった。


 旅の中じゃ、特別簡単な料理を調味料で誤魔化してただけだし。

 私としては頑張った方だろう……多分。



「エルちゃん出来た~?」


「っ……あぁ、出来たぞ。早く座れ」


 そして並べ終わった頃にアリーシャがホクホク顔で戻ってきた。

 なんかタイミング良過ぎないか?


「ありがと! いただきまーす!」


 そのまま大した反応も無く食べ始めた。

 私の初料理だって言うのに。


 実はこっそり見てたんじゃ……

 今度から家の中でも魔力の探知をしてやろうかな。



「買って出といてなんだけど……お前みたいに美味しくは作れなかった」


 笑顔で口に運んでいくアリーシャを見て、嬉しさと同時に若干の申し訳無さを感じた。

 だからか、気付いた時には勝手に言葉が漏れていた。


「まぁ確かに大雑把だけど……全然悪くなんかないよ! ほら、エルちゃんも食べなよ」


「お前の為に作ってるんだから、私は少しでいい」


「えっ……これ殆ど全部私が食べるの……?」


 正直2人分にしても多いくらいの料理を見て、アリーシャの顔が引き攣る。


「勿論。それに私の初めての手料理だしなー、食べてほしいなー」


「……はい」


 何かを諦めた返事が返ってきた。


 まぁ冗談だけどな。

 最初から食べきれない分は私が食べるつもりだし。




 でも、なんだろうな。

 頑張って作った物を食べて貰えると嬉しいもんだな。

 特別美味しい訳じゃないのに喜んでくれてさ。


 次はもっと頑張ってみたくなる。

 やっぱり、こういうのも悪くないな。

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