第7話 メスガキ生活、そして悩み

「そっち行ったぞー! 追えー!」


「待てー! 今度こそ捕まえろー!」


 私は今、何人もの男達に追われている。

 幼気な少女を寄ってたかって追いかけ回すなんて、悪趣味な連中が居たもんだ。


「ふふんっ、そう簡単に捕まらないぞ。ほら、頑張れ頑張れ!」


 冗談。ただ子供達と追いかけっこして遊んでるだけだ。

 まさか私がこんな事をするなんてな。


 まともな幼少期を過ごしてないから子供との接し方なんて分からない。

 だからどうなるかと思ったけど……すんなり馴染めて良かった。


「あっ、くそ! なんでそんな速いんだよ!?」


 伸びてくる手をヒラリと躱して逃げる。

 どの遊びも全力なんて出さないけど、わざと負けるつもりは無い。

 私だったら悔しいしな。あと普通に負けたくない。






 その後も揶揄ってはギリギリで逃げる、を繰り返した。

 子供同士の遊びってのはこれで合ってるんだろうか。


「もー! エル強過ぎ! 何しても勝つじゃんか!」


「そうだそうだ、ちょっとは手加減しろ」


「むしろ勝たせろー!」


 合ってないみたいだ。まぁいいか。

 これを糧に挫けない心を持つがいい。


「うるさいうるさい、男の癖に女の子に勝ちを懇願するな。カッコつけようとは思わんのか」


「あー古いんだ。今時そういうのダメだぜ。男だ女だ言うなよなー」


「そ、そうなのか……?」


 いつの間にそんな風潮になったんだ。

 たった10年でも色々変わるもんだな……

 人と関わらなさ過ぎて気付かなかっただけか?


「まぁともかく、もう時間だ。帰らなきゃな」


 いや、そんな事はどうでもいい。

 そろそろ日も暮れる。家に帰る時間……の筈だ。


「ちぇー、負けて終わりかよ」


「今度こそぎゃふんと言わせてやるからな」


「またなー」


「はいはい、ぎゃふんぎゃふん」


 素直な子供達と手を振って別れた。

 なんだかんだ楽しんでる自分に気付いて、思わず笑みが零れる。


 あんな風に子供時代を過ごしていたら、私も何か違っていたのだろうか。




 家までの道をトボトボと、1人考える。


 英雄なんて居なくても、こんな当たり前の平和がある。

 当たり前の事なのに見ようともしなかった。

 平和を築き護るのは、特別な誰か1人じゃないんだ。


 それでも俺だからこそ出来た事は確かにある。

 けど、その事実に驕りが無かったとは言い切れない。


 俺なら。俺だから。そう英雄であろうとしていなかっただろうか。

 孤独を嘆いておいて、自ら独りになろうとしていたんじゃないのか。



 ……いや、なんだか支離滅裂になりそうだから止めよう。

 上手く言葉に出来ない感情が湧いてくる。


 なんにせよ俺はもう居ない。

 今更考えた所で大した意味は無いだろう。

 これから生きるのは私なのだから。






 そんな新鮮な日々のとある日。


「あれ? 今日は休みじゃなかった?」


 モゾモゾと私が起きる頃、アリーシャが仕事の準備をしていた。


「さっき連絡来てさ。今日は鍛錬を見てくれるって言うから行こうかなって」


「なるほど……よし、私も付いて行こう。今の実力を見せてくれ」


 良い機会だから確認させてもらうか。

 どうせそのうち私とやり合って鍛えるつもりだったしな。


「うっ……頑張る」


 自信無さそうだなぁ。

 ちゃんと見た方が良さそうだ。


「ついでに私も一緒に体を動かそうかな」


「……動いてるじゃん。毎日楽しそうにさ」


「な、なんだその目は……確かにこの1週間、遊び呆けてたけどさ」


 ジトリと睨まれた。

 仕事に行ってる間の事なのになんで見てたみたいに……

 人伝にでも聞いてたのか?


「それはまずこの体に慣れる為でな……あと子供らしさってのも学んでるし……」


「ふーん……」


 視線が変わらない。

 私への不満が伝わってくる。


「分かった、ごめん。家事くらいはするよ」


「お願いね」


 良かった。この返しで合ってたらしい。


 いや、最初は色々家事をするつもりだったんだよ?

 でも私おっさんだったしさ。年頃の少女の洗濯とかして良いのかなって。


 料理はアリーシャが作った方が美味いし……大して家も汚れないし。

 悩んだ結果何もしなかったんだよね。



「まぁ、本当に楽しそうで良かったよ」


 今度は一転、優し気な目で見てきた。なんなんだ。

 お前は私の保護者か。保護者だったわ。


「ああ、思ったよりすんなり馴染めた。というか勝手に集まったんだよな……男の子ばっかりだけど」


「そりゃそうでしょ。こーんな可愛い子がいきなり来て、男の子達が騒がない訳無いもん」


 まるで当然の様に返された。

 呆れながら私の頬をつんつんぷにぷに……やめい。


 しかしなるほど、可愛い女の子に夢中って訳か。


「だからアイツら、私の胸やら尻やら……パンツとか見てきたのか。視線が分かりやすいんだよなぁ」


「……何してんの?」


「スカートとかわざと無防備にしてると反応が面白いんだ。子供でも男は男だな」


「本当に何してんの!?」


「揶揄って遊んでるだけ」


 見えるか見えないか……むしろ見ようとすれば見える程度にして遊んでる。

 パンツくらいどうでもいいけど、思いっきり見せるのは流石にちょっと恥ずかしいからな。


「笑い事じゃないし! もう絶対にやらないでっ……お願いだから」


「お、おう……分かった。今後は気を付ける……」


 呆れてたのに怒り始めた。

 これは子供相手でもやり過ぎなのか。


 子供でも男とは言え、結局はまだまだ子供だ。可愛い悪戯だと思うんだけど。

 やっぱり普通の子供の感覚が分からないな。



「はぁぁ……なんだかなぁ。――ていうか体を動かしたいだけならギルドに行かなくても良いんじゃない?」


 盛大に溜息を付いたと思ったら、いきなり話を戻してきた。

 変化の激しい奴だな。


「んー……確かにそうなんだけど、どうも私は注目されてるみたいでね」


 エルヴァンの娘で強いらしいという情報の所為で、私を観察する人が多い。

 正直気持ちの良い視線じゃない。


「私の実力を探りたいのかなんなのか、結構鬱陶しいんだ。一旦見せてやった方が早いかなって」


「……今更だけど目立って大丈夫?」


「私みたいな奴、目立たない方がおかしいだろ。開き直ってるよ」


 目立つ事には慣れてるしな。

 ただ、それで良いのかとは思ってる。


 英雄として見られていたのが、英雄の娘に変わっただけ。

 せっかく新しく生きようって言うのに、それじゃあまり変わらない。


 初っ端で団長に力を誇示したのは間違いだったかもな。

 もうあの目を向けられたくないのに……


 けど……そんな目で見ない奴が傍に居る訳だしな。

 それだけでなんだか救われるんだ。

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