第6話 知るという事

 一通りやらせてみた感じ、予想以上にしっかり使えていて驚いた。

 戦闘にはまだまだ使えないらしいが……それは仕方ない。


 動き回りながら一瞬の判断で操るには、どうしたって一番慣れた魔法じゃなきゃ難しいからな。

 私だって基本は雷ばかり使ってるし。補助で使えれば充分だ。



「ところで、結局旅に必要な物って何?」


 色々やって荒れた地面を綺麗に均した後、アリーシャが改めて質問してきた。

 そういえば答えずに魔法の話に移ったんだったな。


「移動手段だよ。まさか荷物を背負って歩く訳にもいかないだろう」


「え、馬車で良いんじゃ?」


 予想通りの反応。残念ながらそれは使えないかな。

 だからわざわざ確認する様に聞いたんだ。


「街から街の旅行じゃないぞ。馬車なんて大きな物……街道を外れたら大変だ」


 一般的に旅と言えば、とにかく様々な場所へ向かう。

 沢山の物を見て経験する事が旅の意義だからな。

 かなり便利だけど、険しい道を行くには少し厳しい。


「それに物資を積んだ馬車から離れるなんて出来やしない。常に誰かは見てないとな」


 馬車が使えるのは人数が居る場合だけと言っていい。

 その場合は馬車を拠点として、また別の馬で動き回るのが一般的だ。


 少人数の旅なら、基本的には其々が荷物と共に馬に乗るだけで済む。

 逆に言うとその程度の荷物に抑えろと言う事だ。


「なんでドラゴンのエルちゃんがそんなに詳しいの……」


「……全部エルヴァンの受け売りだ」


 諸々の説明をすると納得してくれたが、余計な疑問を持たせてしまった。

 もう困ったら全部この誤魔化ししかないな。

 そのうち私とエルヴァンの関係が滅茶苦茶になりそうだ。






 そんなこんなで、初回のお勉強は終わり。

 後は適当に時間を潰し、夕食を済ませて風呂となった。


 正直昨日の様にさっさと寝て、風呂は後に引き延ばしたい。

 まだまだ他人にしか感じられないこの体を直視したくないんだ。


 でも流石に入らないのはどうかと思うし、逃げてたって仕方ない。

 ちゃんと自覚を持たないとな。



「はぁ……随分な体になっちまって……」


 という訳で、風呂場の鏡に映る自分の体をじっくりと見る。

 見た目が見た目だから、なんだかとてもよろしくない気がする……


 尻にまで届きそうな長い白銀の髪。そして青い瞳。

 背は140センチくらいで、しっかり健康的な少女だ。


 そして見事なまでにツルペタ。いや、ちょっとは膨らんでるか。

 どうせならもっと大人の……それもそれでなんか嫌だな。


 しかしまぁ……


「冗談で美少女とか言ったけど、本当に可愛いな」


 つるつるぷにぷにすべすべ……しかもまるで人形の様に整ってる。綺麗で可愛くて最強か?

 とは言え、逆に人間味が薄い気がするな。


 でも人じゃないんだから、ある意味作り物だ。

 らしいと言えばらしいか。


「こんなんで生前より強くなってるんだもんなー」


 どう見たって幼い少女なのに。

 力を隠せば誰も警戒しないだろうし、活用出来そうだ。



 そのまま色々とポーズを取ってみる。

 これは自分なんだと言い聞かせながら、とにかく全身の確認。


 やっぱり背と胸くらいはもう少し欲しいかもしれない。

 ほんのり有るか無いかの胸を揉もうとしてみたり……


「エルちゃーん」


「うわぁおおっ!? な、なんだ!?」


 なんて事をしていたら急に扉が開いてアリーシャが出てきた。

 風呂だぞ!? 開ける前に声掛けろ!


「いや、体とか髪の洗い方分かるのかなって」


 んなモン知るか。

 こんな繊細そうな体もこんな長い髪も、どうしたら良いかサッパリだ。


 けど私はドラゴン。そんな事はどうだっていい話。


「人間と一緒にするな。適当にやっとけば充分だよ」


 あくまでこの姿は変身してる物だ。

 肌が荒れたり髪が痛んだりなんて多分無いだろう。


「そういうもの? まぁシャンプーとかは使っていいからね」


「ああ、分かったからさっさと閉めろ。ばか」


「はいはい。――可愛いとこ見ちゃったっ」


「……っ早く忘れろ!」


 コイツっ……実は覗いてたんじゃないだろうな?

 完全に油断してた。迂闊な事はしない様に気を付けよう……


 ていうか今咄嗟に体を隠そうとしたな。

 言い聞かせたお陰で早くも自覚を持てたかもしれない。私は単純か……


 良いのか悪いのか……良いという事にしておこう。うん。






 そうしてサッと洗った後、まるで溶けそうになりながら結構な時間のんびりした。

 風呂も久々だからとにかく気持ちいいんだ。


 それはもう、のぼせたんじゃないかとアリーシャが呼びに来てようやく出たくらいだった。

 多分そんな事にはならないけどな。

 風呂でのぼせるドラゴンとか居て堪るか。



「ふぃー……いやー良いお湯だった」


「はぁ……パンツ一丁だし。裸で出てこなかっただけマシかぁ……」


 ホクホクとリビングに戻った瞬間に呆れられた。

 ちゃんと履いてるし、胸だって髪で隠れてるのに。


「あれ、もう完全に乾いてる?」


「ああ、これか。繊細な制御になるけど、水そのものを操作すれば良いんだ」


 早く着ろと服を押し付けてくると、私の髪が全く濡れてない事に気付いたらしい。

 この程度なら頑張れば誰でも出来るし、これも教えておくか。


「あー、なるほど! 乾かすって言うより、水自体を無くしちゃうのか」


 正確には移動させる、が正しいな。

 蒸発させるとかならまだしも、そこに在る物を消すなんて誰にも出来やしない。


 それが出来るのは自ら生成して操作し続けた物だけだ。

 そして一旦制御から離せばもう自然の物になる。


 まぁそんな難しい話、今は置いておこう。


「私いつも温風作ってやってたけど、もうちょっと時間掛かるよ」


「それでも良いけど、こっちも出来る様になっておけ。便利だから」


 火に適性がある彼女からすれば、そっちの方が楽だろうけどな。

 出来る事が増えて損は無い。


「うー……知らない事ばっかりだ……頑張ろう」


 しょんぼりするな。これから知っていけばいい。

 学ぼうとしない事が悪いだけで、知らない事は悪くない。


「ま、少しずつやっていこう。焦る事は無い。たった1年でも充分な程に鍛えてやるさ」


 そしてアリーシャは学ぼうとはしてる。

 私が教える事も真面目に聞いてるしな。


 ハンターとしては初対面のアレしか知らんけど……ポンコツなだけで芯はあるから大丈夫だろう。多分。


「お、お手柔らかに……ね?」


「ふふっ……」


 それはどうかな。

 人に何かを教えるなんてのもした事無かったけど……それも含めて楽しみだ。

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