第8話 英雄の教示

 という訳でギルドの鍛錬場にて、アリーシャ含め皆を観察中。

 今日は揃って武器での戦闘訓練らしい。

 


 魔法は強力だが、そればかりでは戦っていられない。

 どれだけ魔法に優れていても、動いて避けて護れなければいずれ死ぬだろう。


 だから全身に魔力を漲らせて身体能力を上げ、体を覆い鎧とする。

 その上で武器を軸に立ち回るのが基本だ。


 魔法に頼ってばかりじゃ、そのうち誰かさんの様に魔力切れでどうしようもなくなるからな。


 ちなみに魔力とは、世界に満ちるマナを体内に取り込み変換した物。

 生きる為に必須であり、消費すれば疲労するし場合に依っては命に係わる。

 色んな意味で節約は大事という事だ。



 見たところどうやらその誰かさんは、鎧――魔力障壁に優れているらしい。

 身体強化と剣の扱いは並程度。まぁ新人ってのを考えれば良い方なんじゃないだろうか。


 そして周囲と比較すると、彼女の秘めた魔力はやはり頭抜けている。

 いつその力に目覚めるか……まぁ目覚めても良い事は少ないと私の経験上では思ってしまうが。



「一旦休憩か?」


 考え事をしているとアリーシャが近づいてきた。

 周囲も模擬戦を終えてバラけ始めている。


「うん、少ししたらまた再開」


「よーし、じゃあ……ちょっと私とやり合おうか」


 他に戦っている人が居ない今なら邪魔にもならないからな。

 ついでに鬱陶しい視線を向けてくる奴らを黙らせてやろう。


「えっ私の休憩は……? あ、ちょっとー!?」


 なんか言ってるけど無視だ。

 てこてこと歩いて手招きすると観念してくれた。


 予想通り、私が出てきた事で注目を集めてるな。

 どいつもこいつもこんな少女に夢中とは。大丈夫か?


「あ、それ貸してくれ。投げていいよ」


「はいはい。ていうか貸したら私の無いじゃん。取ってこなきゃ……」


「要らんだろ。その腰に下げてるのは何だ」


 刃を潰した訓練用の剣を投げ渡して貰う。

 軽く受け取ったが、やっぱりこの小さな体じゃ少し使いづらそうだな。


 アリーシャには自分の剣を使わせよう。

 こんなナマクラとは全く違うからな。色々と。


「はぇ? これ真剣なんだけど……」


「だからどうした。剣1本で私をどうにか出来るとでも?」


 馬鹿にしたい訳じゃないけど要らん心配だ。

 そもそも怪我を気にする体じゃない。


「……むっかつくー。でも敵う気がしない……剣とか使った事無さそうなのに……」


 まだ小声でなんか言ってるな。

 残念ながら剣はよーく使ってたぞ。


 ちなみに体の延長として、武器にも魔力障壁を纏わせる。

 武器の保護になるし、防御にも使えるからな。

 これもまた戦闘の基本だ。


 ただし形に沿わせる都合上、ナマクラに纏っても殆ど鋭くはならない。

 逆にせっかくの刃を潰さないようコツが必要だ。


「さぁ、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと始めよう。休憩が無くなるぞ」


「ほんと理不尽……」


 急かされて文句を言いつつも、ちゃんと構えてくれた。


「何処からでも来い。本気でな」


 軽く数回振って感覚を確かめ、自然体でアリーシャの動きを待つ。

 さぁ、見せてみろ。




「っ! っと、やぁ!」


 初撃は突き……随分と狙いが甘い。様子見か?

 軽く逸らして反撃すると、素早く防いで更に返してきた。

 思ったより反応は良いな。


 そのまま打ち合い続ける。

 反応どころか、さっき見てた時より動きも良くなってるが……


「どうした、軽いぞ? 本気だと言っただろう」


 何度も受けていて分かった。

 まるで防いでもらう前提で振ってるみたいだ。


 さっき言ってた通り、真剣を向ける事を怖がってるな。

 私が人の姿だから、幼い見た目だからか?


「くっ……」


 それでも私の反撃にはしっかり反応する。

 攻撃される事は怖くないのか……おかしな奴だ。


「はぁっ! そこっ!」


 打ち合う中でわざと隙を見せると、ちゃんと切り込んできた。

 しかし私が防ぐ気さえ無いと見切ったのか、直前で勢いが緩んだ。


「えっ……」


 それを空いた左手で掴み取ってやる。

 まさか素手でそんな事をするとは思わなかったらしい。戦闘中に驚き過ぎだ。


「さっきからそんな攻撃でどうしようって言うんだ? 見ろ。お前は私の掌さえ切れない」


「なんでっ……くぅっ……」


 ドラゴンと力比べでもするか?

 砕かんばかりに握ってるからビクともしないだろう。


「私の魔力障壁をこんなんで突破出来るとでも思っていたのか?」


 ただ振ってるだけで攻撃の意思が薄い。

 いっそ殺すつもりで向かってきてほしい。


 私の言う本気とはそういう事だ。

 早々に死にはしない私相手だからこそ出来る訓練なんだ。



「敵に剣を向ける事を恐れるな」


 まるで心臓を貫くかの様に、握った刃を胸の前へと動かす。

 剣を通して微かな震えが伝わった。


「魔物も、獣も……人間も。全て等しく敵なら殺せ。その為の訓練だ」


 殺さずに済む戦いなんて高が知れてる。

 敵を見逃すなんてもっての外だ。見逃した後の事に責任が持てるか。


 英雄として散々見てきた。

 甘い事を言う奴の末路を。情けをかけた結果を。


 あんな後悔を背負うくらいなら、数え切れない程の敵の命を背負った方がマシだ。



「実戦なら殺せる? 当たり前だ、殺さなきゃ死ぬんだからな。仕方なくで命を奪うな。覚悟を身に付けろ」


 命の重さを知り、それを奪う覚悟をしていなければ……そのうち潰れて壊れる。


 普通のハンターなら、少しずつ経験して身に付ける物だ。

 訓練でそこまでやる奴はまず居ない。


 だけど彼女なら。何故かそう感じてしまうんだ。


「……っ」


 睨み付ける様に言う私の言葉に、アリーシャは顔を歪ませた。

 優しい彼女には厳しい事だろう。

 けどそんな優しさは……甘さは。戦う時だけは捨てろ。




 今度こそ本気を出せ、と。

 逆に私が本気で、殺意に近い威圧をする。


 そうして漸く、アリーシャは応えてくれた。


「っぁぁあああ!」


 緩めた拳から刃を引き抜き、両断せんと振り下ろす。


 それをあえて避けず受け流せば、返し刀に切り払ってくる。

 今度は跳び退いて避けて見せれば、鋭い突きで追い縋る。


 良いぞ。よく見せてくれた。よく応えてくれた。

 やっぱりこの子は……


 あえて踏み込み、突き出される剣を掻い潜る。

 そしてがら空きの懐へ、流れる様に一閃。


「かっ……はっ」


 決して本気じゃないが、かなりの衝撃だっただろう。


 すれ違い崩れ落ちたアリーシャへと手を――

 差し出そうとした左の掌。


 引き抜かれた時に切られたのか、薄っすらと赤い線が見えた。


 それを認識した瞬間。

 掌から全身へ、ゾクリと歓喜が走った。

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