二話 憎悪と困惑の出逢い(2)

 それからと言うもの、私の脳内ではずっとあの事が繰り返されていた。


 山を下りて村に入った時も、間借りした部屋で休む時も、食事を取る時も、布団を敷く時も。


 ・・あの頭目の鬼は、喰われそうになっていた私を助けてくれたのよね。自分の手下を殺したばかりか、私を逃がす様に離れて行ったんだもの。

 

 助けてくれた、と言う事の他ないわよね。


 心中で独りごちると、ふいと手が胸元に伸びた。襦袢の間を潜り込んだ指先が少しの凹凸に、あの鬼に付けられた一文字に当たる。


 もう血は固まっているけれど、ズキズキとした痛みはしかと残っている。


 自分の顔がウッと歪んだ。


 あの頭目の鬼は、禍々しい感情を私にぶつけていたと言うのに。あの寸前まで、本気で殺そうとしていたのに。


 どうして私を助けたのだろう・・。


 自分の内で問いかけ、その答えを見つけようとするけれど。これだ!と言う答えは全く見えず、ただ「どうして?」と言う疑問ばかりがわさわさと蔓延っていた。


 ふうと息を吐き出しながら手を引き戻し、少し乱れた胸元を正す。


 そして楚々とした光を射し込む満月を一瞥してから、私はゆっくりと目を閉ざした。


 答えが見つからなければ、見つかるまで動けば良いのよね。

 何かを掴むなら、それをきちんと掴むまで動くのが間者の鉄則だもの。


 閉ざしていた目をゆっくりと開け、キュッと唇を結んだ。


 幸いにも、彼は百鬼軍の頭目。私が探らなければいけない相手で、止めなくちゃいけない相手。


 また恐ろしい思いをするかもしれないけれど、私はあの鬼に会いに行かなくちゃいけないわ。


 ・・それに、助けてくれたお礼も述べないと。あの時は、遮られてきちんと伝えられなかったのだから。


 覚悟を決め、キュッと拳を作った刹那。ポチャンと蛙が池に飛び込む音がした。


 どうやら、近くの蛙も私と同じ様に覚悟を決めて池に飛び込んだのだった。

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