11.5B

 予定より1時間遅れて,8061列車は10時58分に下り副本線から出発する事になった。


 「アイロンフォレスト3番,出発進行。制限20」

 出発信号機のげんと,信号場構内の速度制限標識を,双瑞語で指差確認称呼すると,

ロジャー運転士はワンハンドルマスコンを引いて自分の方に倒し,1ノッチを入れる。

 ぶんを,2両編成の列車が2両とも通過すると,「制限解除」と指差称呼してから,マスコンを次のノッチに進段させていく。


 「はわわゎ……」と,ウーヅは乗務員室仕切りに寄り掛かったまま,ため息をつく。

 すぐ目の前でロジャー運転士が行っている,一連の操作に見れていた。

 「こういう時こそ好きな物に触れるべき,だからな。まあ,眼鏡を壊さないようにね」

と雉くんがつぶやくと,ウーヅは振り向いて首を縦に振る。先ほどよりもだいぶ顔色がよくなっていた。


 ―ドクダミ庁4000系電車は,平仮名の「へ」の字型をした先頭部構体も含めて,車体がSUS301ステンレス鋼で作られており,前部標識灯を乗務員室の真上に設置した。

 運転台に並ぶのは列車無線,EB装置確認ボタン,両手操作のワンハンドルマスコンとレバーサ,専用のくぼみに収められた鉄道用の懐中時計,速度計と圧力計に,後付けの

ディスプレイなど…。


 車掌台には,頑丈な金属製容器が発見しやすいレスキューオレンジに塗装されているのを理由に「ブラックボックス」と呼ばれている,CVR(キャブ・ボイスレコーダー)とDDR(ドライビングデータレコーダーの略,列車運転状況記録装置)を搭載している。

 そして床下へ取り付けられたVVVF装置,予備の魔素貯蔵タンク,SIVに,屋根上へ搭載したシングルアームパンタグラフ,列車無線アンテナ,空調装置―。


 ウーヅには,魔道具の仕組みや,魔素を電動機が回転運動に変換するメカニズムが

よく分からないのだが,いずれも車両メーカーの職人達が手掛けた魔道具で,それらが組み上げられて,大きな魔道具である電車となるのは理解している。 


 ―これなら話しやすいか,と考えた雉くんは,足元に置いた乗務員カバンから筆記具を取り出した。三人掛けロングシートへ一人分を空けて腰掛けると,

「思い出せない事と,話したくない事は聞かないようにするから,安心して。それ以外の事を俺に話してくれれば,かえって気が楽になると思う」と,ささやいた。

 ウーヅは座り直し,耐火フードのケープの中で,右手も左手もぎゅっと握りしめて,

うつきながらも,ぽつりぽつりと声をこぼした。




 やがて8061列車は,八皓ぐち駅(ハグ)構内へ進入し,南到本線の旧線・現在線下り線が斜めに平面交差するのを横切り,この駅で分岐する八皓線の発着する3番線に停車。


 雉くんはウーヅへ付き添っている為,ロジャー運転士が乗務員室の落とし窓を開け,国鉄の助役からタブレットキャリアを受け取ると,輪っかの収納部の中に第1種通票

(真鍮製で直径10cm,厚さは7mmほど。中央に丸い穴,縁に切り欠きがあけられた円盤)が収められているのを点呼する。ドクダミ庁の列車なのに,ストーカーではなく運転士のほうへ通票を手渡す事になり,怪訝な顔をする八皓口の助役に対して,ロジャーが手短に説明をしているのが,2人の方まで聞こえてくる。



 ここから先はタブレット閉塞式のじろ線だが,央歴990年代から進められた双瑞国鉄の合理化に伴い,実質全線1閉塞となった。上り下りのどちらか1本しか列車が入れない状態になっているのだ。八皓口で臨時列車が通票をもらったという事は,営業列車のほうは八皓駅で停車したままだという事である。


 ※ この状態だと,隣駅のタブレット閉塞器からは通票を取り出せなくなるので,

  その区間に他の列車が進入して,列車どうしが衝突するのを防止できる。



 3番線のプラットホームに立つ助役の合図と,ニ灯式の出発信号機に従って発車。

 そして,新リスバーン川橋梁きょうりょうへ向け高度を上げる南到本線上下線の間を進む。


 1kmほど南へ行くと,南到本線上り線と八皓線が立体交差で入れ替わり,そのまま直進する南到本線からほぼ直角に離れ,八皓線は西へ向かう。リスバーン川左岸を進むこと2kmで,8061列車の終点,ドクダミ庁八皓車庫がある,国鉄八皓駅に達した。


 でんしょうと,全方向踏切警報灯の赤い光に迎えられて,八皓車庫へ直進する1番線に

「制限5」と指差称呼の上で,ロジャーは,8061列車を進入させる。扇のような形をした反対側のプラットホーム,2番線にはクモハユ1(央歴917年製の電車で,動態保存中)が,定期列車として発車時刻を待っている。


 ロジャーが八皓駅駅長へタブレットのキャリアを手渡し,構内運転を担当する運転士へ引き継ぎを行っている間に,雉くんはもう一回ウーヅを横きにして,八皓車庫へ常駐しているドクダミ庁の助役のもとへ向かった。その執務室へ着いてから,自分の物と雉くんの物,二名分の乗務員カバンを持ったロジャーが合流するまで待った。



 本来なら,8月24日は終業点呼の時に顔を合わせるはずだった助役の前に立つと,

雉くんが幼馴染をささえている為,二つの乗務員カバンを足元に置いたロジャーだけが敬礼して,当日の8061列車の乗務について報告した。

 「話は参謀本部から聞いた。大臣と参謀総長,連絡役として陛下の秘書官が八皓を訪ねる。雉んなら,言わなくとも分かるだろうが,ご令嬢はその時間まで賓客待遇だ。」


 報告を聞き終えた助役はこの後の事について,雉軸んとロジャーへ指示を出す。

 

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