も宇瑛

第1章前編

11.1 

 「紙の地球」と呼ばれる世界に浮かんだ,イウルフ大陸にて。



 眼鏡越しの視線を,木の間に走らせている青年がいた。

 連味つらみ きじ,二十歳。左手に持つ魔導コンパスの針を見ながら,N極が指し示すへと歩いてきた。そしていったんは足を止め,制服のポケットに魔導コンパスを戻した。

 (「俺がここまで近づいても気が付かないようだ。何かの儀式でも始める気か?」)

 そう思うと同時に,ためらう事なく,官給品のエストックのつか手をかけていた。

 いざとなったら,幻影もろとも使用者を,ついでに術者をも刺突すればいい。

 口もとで唱える。すぐには抜剣しないで駆け出すと,

「魔王下。これは一体,何をなさっているのですか?」

と質問を口にしつつ,再び足を止めて挙手の敬礼をする。

 魔王より,地面へ倒れている人影のほうが,先に青年の声へ反応していた。



 眼鏡越しの視線を,木の間に顔ごと向ける女の子がいた。

 連味つらみ じく,十七歳。左側の地面から,魔王の(上半身だけの)幻影が生えている。その口から,“答えが存在しない問いかけ”という形をとった,呪詛の言葉を聞かされていた。  (「目を合わせたら殺される……」)と,以前から思っているので,あお向けのまま, 魔王を見ないようにしながら,かろうじて言葉を紡いだ。

 「そのような話は―,何も分か……,何も知りませんの……」


 懸命な抵抗も虚しく,女の子の耳へと押し込まれる,非情な宣告。


 「やはりそうね。何か知っている事があれば,ここで解放しようと思っていたけれど,何も知らないのなら,絶対に見逃せないわね。―我が城へと連行する」


 (「!?」)

 インクブルーの黒目から,涙が溢れてくる。悲鳴どころか嗚咽おえつさえ失われていた。

 (「―やめ,て……,死にたくない―,捕まるのはもっといや―, ねぇ, 助けて……!」)

 いるはずの無い幼馴染みへ,魂だけが訴えていた。 すると―


「お待たせ,発見が間に合ったかな」


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