第36話 雪見ですわ!

ボーンボーンボーンと時刻を告げる音を耳に手を伸ばす。


ペリリ


パッケージを剥がすとヒヤリとした冷気が溢れた、中には白い塊が2つおさまっている。

その右側の塊にピンク色のプラスチックのフォークが突き立てられた、なんの抵抗もなく沈むフォークに首を傾げる。そのまま持ち上げようとするも、フォークは自重に負けてしまったのか塊は持ち上がることなくスルリと抜けてしまった。


仕方ないのでパッケージを左手で持ち口元に近づけながら、フォークを塊の底に突き刺し掬い上げるように口の中に放り込んだ。


アムッ


フワリとなんの抵抗もない甘さを控えた生クリーム、外側の求肥の柔らかさも伴ってあっという間に口の中で溶けて消える。それこそ味わう間も無くあっという間に。



「…………何か求めていた物と違いますわ!」




エリカお嬢様がリビングのソファーに立ち上がり天に向かって叫んでいる。

その令嬢にあるまじき行為に眉をしかめながらも、一度深呼吸をして声を掛ける、まだ怒るには早い、我慢我慢。


「エリカお嬢様、何を大声出しているんですか、はしたないですよ」


「戸田!いい所に来ましたわ!」


エリカお嬢様がソファーから降りて、私に詰め寄る、何事?


「お口を開けなさい、戸田」


何事かわからず言われるままに口を開けると、お嬢様が手にしていた白い塊を私の口に突っ込んだ。


「うんぐ、もぐっ」


口の中に甘いクリームが溢れる、えっ、何々?


「どうです?」


お嬢様が真剣な表情で私に尋ねる。


「甘いですね」


「それは知ってます。美味しいですか?」


「へっ、あっという間に溶けてしまったので」


「ですわよね、食感が無さ過ぎですわよね、これだったらバニライスの方がよっぽど満足感がありますわ!」


「は、はぁ」


お嬢様は机の上に置いてあったパッケージの紙を私に見せてくる、なんやねん。


「雪見だいふく?」


「よ〜くご覧なさい、上に生って書いてあるでしょう、これは“生雪見だいふく”ロッテの新商品ですわ」


「ああ、アイスの?ん、生?」


私の態度にお嬢様がドヤ顔をする、ちょっとイラっとするのはもはや仕方ない事だ。


「ロッテは昨今の生ブームに乗るように、生雪見だいふくを発売したんですの、冬のこたつで食べる定番商品、あの雪見だいふくの生菓子なんて当然気になるじゃないの、まったく狡い商売ですわ、早速ドンキーで購入して来たんですの!」


そういえばスーパーの菓子パンコーナーで生コッペパンとか売ってるの見たなぁ、エリカお嬢様結局メーカーの思惑通りに買っちゃってるじゃない。後、このお屋敷にこたつは似合わないので私に下さい。


「は、はぁ、お嬢様ってなぜか新商品とかにすぐに手を出しますよね」


「なのに今食べてみたら、これじゃない感が凄いんですの!食感が無さ過ぎですの、これだったらローソンの47%増量のプレミアムロールケーキの方がよっぽど満足感がありましたわ」


「両方甘いんだからいいじゃないですか?」


私はそれほど甘い物が得意な方ではないためか、生クリームなんてどれも大差なく感じるのだが、お嬢様にとっては違うのだろう、プクーっと頬を膨らませて不満顔だ。可愛いじゃないか。




「次は正統派、雪見だいふくPREMIUM とろけるミルクの発売に期待ですわ」


「本当に懲りないですね」



「ちなみに戸田はラーメンは醤油と豚骨どちらが好きですの?」


「なぜ急にラーメンの話になったんですか」


「甘い物を食べたら次は塩っぱいものが食べたくなるじゃないの?」


コテリと首を傾げる。何、常識じゃないのって不思議そうな顔をしてるんですかね、このお嬢様は。


「夕食もあるので私は行きませんよ」


当然私わたくしが奢りますわよ、この前とても美味しそうなお店を見つけましたの」


また勝手に食べ歩いてきたなぁ、油断も隙もありゃしない、が…。


「うっ、お嬢様のお眼鏡にかなったお店となると、きっと凄く美味しいんでしょね」


私も先ほどの生クリームで甘くなった口の中を思い出して、ゴクリと喉を鳴らす、私もちょっとラーメン食べたくなって来たかも、いかんすっかり洗脳されてる気がしてきた。


「うぅ〜、絶対に1杯だけですからね」


「大丈夫、両方のお店で1杯ずつしか食べませんわ!」



「それじゃあ2杯も食べる事になっちゃうでしょうが!」


「ささっ、戸田早く行きますわよ、お店が混んでしまいますわ」



お嬢様が私の手を引きながら、廊下で瀬場州せばすさんに車を用意させる、ちょ、ちょっと待って今は体重が、何がそんなにカロリーありません、熱々だからゼロカロリーなんて嘘つくんですか、サンドイッチマンの伊達さんですかあなたは!


「瀬場州さん、助け…」


「お嬢様のお世話をよろしく頼みますね、戸田さん」


「……」


私を生贄にしようとしてますね瀬場州さん。


「1杯は瀬場州さんが食べてもいいんですよ」


「歳の所為か、しつこいのは胃にこたえるので遠慮しておきます」


「えっ、しつこいのなの?背脂系?もしかしてめっちゃカロリー高い?」



戸田はしばらくの間、体重計には絶対に乗らない事を心に誓った。

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