第24話 どこにするかが一番の難問ですわ!

本日の授業の終了をカラ~ンコロンと鐘の音が告げる。冬の訪れを感じさせる季節、空調の効いた室内は快適だが、窓の外の銀杏いちょうの黄色が澄んだ青空に燃えてるように鮮やかだ。


「あぁ、銀杏ぎんなんの入った茶碗蒸し食べたいですわ~」




私は同じクラスの伊集院様と連れ立ってお嬢様部に顔を出した。


「皆様、ごきげんよう」


「「「「西園寺様、ごきげんようです」」」」


今日のお茶会にはクリームを挟んだパリ風マカロンがサロンで出された、マカロンは色も可愛いし嫌いではないのだが私としてはどら焼きのしっとりした食感が好きだな、いや、大判焼きも捨てがたいですわね。



戸田の淹れてくれたアッサムのミルティーを飲みつつ、伊集院様の相談に耳を傾ける。焼き芋の件以来、伊集院様は私に話かけてくる事が多くなった、なぜか食べ物の話が多い気がするのだけど、私ってそんなに食いしん坊さんに見えるのかしら?(伊集院にしてみれば、エリカの一番食いつきのいい話題を振っているだけなのだが、しかもニコニコと楽しそうに返事してもらえるのが嬉しくて自然と食の話題が増えるのだ)


「まぁ、拉麺ですの」


「伊集院様はラーメンを食べたことはございませんの?日本と言わず海外でも人気がございますのよ、もはや日本が世界に誇る国民食ですわ」


伊集院様は少し困ったように頬に手を当てた。


「ああ、子供の頃にお婆さまと一緒に中洲で1度だけ。でも私はちょっと匂いが好きになれませんでしたの」


「あぁ、ご実家が九州でしたわね、本場のトンコツも慣れれば美味しいしクセになるのですが、う~ん、それならシンプルに醤油ラーメンの方がよさそうですわね、金久右衛門かホームラン軒、いや少し遠いがここはやはり」






ほとんど人がいなくなった校舎の廊下でキョロキョロと怪しい二人組。

一人は言わずと知れた西園寺エリカ、そしてもう一人は黒髪ロングのザ・お嬢様伊集院静香だった、いつもは隣にいるはずの戸田の姿は、エリカが用事を言いつけて先に帰したのでここには無い。


「あっ、いましたよエリカ様」


「あれで良いんですの?」


職員室から出てきた男子生徒をじっと見る。


「まぁ、一番適任な気がしますけど、もう学校に残ってるのって日番のあの方くらいですし」


うん、知らない仲ではないし問題ないか、良し。


「では、さっそく捕まえてしまいましょう」


「はい!」





日本有数のホテルグループ児島コンツェルンその御曹司、児島英治は職員質に日報を届けると、自身が所属する王子部の収支内訳のデータをタブレットで確認しながら廊下を歩いていた。


「やはり、もう少し飲食の予算を見直した方が良いな、無駄が多い。なんだこの海苔煎餅って、王子の奴」


チャララララ〜ン♪


「ん?」


チェンバロの軽やかな調べ、オリーブの首飾りのメロディがどこからともなく聞こえてくる、マジックでも始まるのか?キョロキョロとまわりを見渡す。

すると扇子で顔を隠した二人組が目の前に立ちはだかった、あっ、スマホで音楽流しているのか。



「オーホホホ、こんな時間まで残っていたのが運の尽きですわ、今宵のエスコート役は貴方に決定ですわ!」


「ですわ!」


「扇子で顔を隠しても髪型ですぐにわかりますよ、西園寺さん、と伊集院さんかな」


何かやっかいな予感しかしないな。






ガタタタン


すっかり日が暮れた街並みが横に流れて行く。JR東海道本線 新快速で1時間の旅。


「エリカ様、私電車なんて初めて乗りました!」


初めての電車、楽しそうに窓の外を眺める伊集院様はいかにもお嬢様らしく微笑む。


「へぇ、初めて乗ったんだ。でも確かに普段は車が多いから不思議でもないか」


あらあら?児島様までそんな事を。私はよ~く利用しますけど?イコカだって常に持ってますけど。


「でも、いきなりエスコート役なんて言われて吃驚したよ」


「伊集院様に是非ラーメンを食べて欲しかったんですけど、女子高生2人でラーメン屋さんって言うのも物騒かと思いまして」


「寒くなると美味しいよね、ラーメンって。わかった、今日はお嬢様お二人のナイト役を勤めさしてもらうよ」


「すみません児島様、私の為に…」


「気にしないで、伊集院さん。それに可愛い女の子二人じゃ確かに危険だしね」


「児島様……」


おやおや、伊集院様のお顔が赤いですわ。児島様ったら隅に置けないですわね。あら?これってもしかして私も可愛いって言われてます?



「大阪には美味いもんがいっぱいあるんやで~♪」


京都駅八条口を出て、大阪人なら皆んな知ってる歌を口ずさみながら線路沿いを3人で歩く、あら?キョトンとして、二人はこのお歌をお知りにならないんですの。

左手に京都タワーを見ながら橋を渡れば今日の目的地、新福菜館本家第一朝日本店が見えた、ついてます!今日は行列が短いですわ!いつも制服で並んでいるとチラチラ見てくるんですもの。




「「「らっしゃいませ!」」」


店の中に入れば、黒のTシャツに頭に赤タオルを巻いた店員さん達の元気な声と醤油の香り、いやが上にも気分が高まりますわ!


「ここは特製ラーメンがおすすめですわ!」

「私はエリカ様とご一緒でいいです」

「へぇ、それじゃ俺もそれで」


「では特製3つでいいっすか?特製3丁ォ!」


やっぱり餃子、いやライスぐらいは…。

うぐぐ、ライスについてくるたくあんは捨てがたいが今日は伊集院さんの目があるので自重する、あまり羽目を外すとまた戸田に怒られてしまいますわ。


伊集院様も児島様も興味深そうに店内をキョロキョロと見渡している、そうですわよね、この雰囲気はワクワクいたしますわよね。


「はい、特製お待ちぃ!」


「「おぉ~っ!」」


湯気が昇るラーメンがテーブルに置かれると二人が揃って声を上げる。うんうん、とても良い反応いただきましたわ。


机の引き出しの中から割り箸を出して、まずはれんげを手に持つ。たっぷりの九条ネギをスープにひたしながら掬って一口。


コクリ


「至福ですわ……」


流行る気持ちを抑えつつ今度は箸を持つ、ネギの下にはもやしが隠れている、京都の店ではこの組み合わせが意外と多い、そこに薄目に切られたチャーシューが並ぶのだ。


チュル、ジュルルル


ちょっとトロリとした感じの豚骨醤油のスープ、醤油ベースのキレのある味にもっちりしたストレート麺が実に合う、二人に見られてるのも忘れて1杯のラーメンと真剣に向き合う。


「本当だ、美味い!」

「おいしい…」


いつの間にか3人して無言で箸を動かしていた。

周りのお客さん達が私達の席に注目しているが、伊集院様は超可愛いし、児島様もイケメンなので仕方ないとしましょう。決して私の縦ロールを見られてる事なんてないですわ。



ゴトッ


スープを飲み干し、丼をコトリとテーブルに置いた。


「はぁ、美味しかったですわ、児島様ごちそうさまです」


ペコリと児島様に伊集院様と頭を下げる、ここはやはり殿方と一緒なのだからゴチになると致しましょう。タダ飯、タダ飯。


「へっ、もしかして俺の奢りなのか、そっちが誘ったのに」


「あら~、この程度の金額で家と伊集院様の所の社員旅行の宿泊が取れるんですわよ、お安くなくって」


「なんと!」


エリカの言葉に児島は考える、確かに西園寺グループの宿泊、しかも九州の名家伊集院も加われば結構な利益となる、コロナ禍で観光業が不振の中で大口の団体客、これは……ラーメン3杯でこんな契約が取れるのならまさに格安の投資と言える。

まさか、俺の家の業績を知ってて最初から狙ってた、いやまさかね。



「カードでも領収書はもらえるかな?」


「あら、流石にしっかりしてらっしゃるわね」






店を出ればヒヤリと冷たい空気、温まった体には心地良い。


「エリカ様、ラーメン凄く美味しかったです!感動です!」


「ふふ、ここより美味しいラーメンなんてあんまり無いですわよ」


満面の笑顔の伊集院様、やはり自分の紹介した店が褒められるのは凄く気分がいいですわ。


「では伊集院様、今度は美味しいお肉を食べに行きましょうね」


「は、ハイッ!!」




会計を済ませた児島が最後に店を出る、店先ではしゃぐ二人に苦笑いを浮かべる。


「よく、食べてすぐに次の食事の話が出来るな。でも、次は肉か…また誘ってもらえるかな」


スマホで迎えを呼ぶと、まだはしゃいでるエリカ達に声をかける。


「寒いだろ、車を呼んだから帰りは家まで送るよ」



「「ハ~イ」」




後日、児島英治はこの両手に花のラーメンデートの件で王子部で部長のウィリアムズに、ブツブツと嫌味を言われ続ける事となるが、まんざらでもない笑みを浮かべていた。

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