第21話 北極か南極かなんてどうでもいいですわ!

西園寺家の屋敷はちょっと高台の神戸の街を一望出来る、見晴らしの良い場所に建っている、多分煙と金持ちは高い所が好きなのだろう、その為駅から徒歩だと意外と時間がかかるし疲れるのだ。

今日も一人のサラリーマン風の中年男が屋敷に向かう坂道を扇子を扇ぎながらエッチラオッチラと坂道を歩いていた。





ある日の土曜日の朝、両親は二人共出掛けているので食堂で一人朝食を頂いていた。



カチャリ


「大変美味しかったですわ」


ナイフを机に置くと満足気に一息つく、今日の朝食はキッシュでした、料理長さん最近フレンチ系のメニューが多いわね。その前はイタリアンでしたし次は和食かしら?

明日は卵かけご飯が食べたいですわ。西園寺家の食卓には絶対に出てきませんけれど。

しかしアスパラガスに絡めたグリュイエチーズの塩気がちょうど良くって美味しかったですわ、思わず朝から3切れもペロリと食べてしまいました。


食堂を出ると窓の外でゴロゴロと雷が鳴っている、嵐の予感。

くわばらくわばらと心の中で唱え廊下を歩く、あら?つるかめつるかめだったかしら?



自室に戻り窓辺のソファに腰を下ろすと文庫を開く、今日はこんなお天気でこれと言って予定も無いし読書でもするとしましょう。

パラリと読みかけのページをめくった。


「ふふ、この大将の唐揚げ美味しそうですわ、トリアエズナマって言いたくなりますわ」


本を読みながら何気に窓から外を見れば、我が家の門にヨタヨタと歩いて来る人物が目に入った。


「あら、あの方は…」


チリンとハンドベルを鳴らせばすぐにドアを叩くノックの音が聞こえる。


「戸田です。お嬢様、何か御用でしょうか」


「お入りなさい」


カチャ



「失礼致します」


「ごめんなさいね、多分貴女かわたくしのお客様だと思うので対応お願いしていいかしら」


窓の外、門の所に視線を向ける、戸田もつられて外を見た。



「お父ちゃん!!」



戸田が大きな声を上げ、急いで走って出て行く。まったく、落ち着きのない娘ですこと。

私はパタリと文庫を閉じると静かに立ち上がった。








応接室に行けば戸田がお父様に向かって声を張り上げていた。


「電話もよこさず、いきなり訪ねて来るなんてどう言う事よ!」


「いや、今日はお前に会いに来たわけやなくてなぁ」



「あら、じゃあわたくしに御用だったのかしら」


「「あっ、お嬢様!」」






ソファーで戸田の淹れた紅茶を一口、今日はセイロンなのね、ディンブラかしら。

私がそんな事を思っていると戸田のお父様が口を開いた。


「いや〜、西園寺さんとこは高っかい所にあるさかい、膝の悪い私にゃ遠くてかなわんわ」


パタパタと扇子を動かしながらネクタイを緩めるお父様。


「歩きでこのお屋敷に来るのなんて、お父ちゃんくらいや」


隣に立つ戸田が呆れたように口を挟む。


「ハハ、それよりエリカお嬢様、いつも娘が世話になっててありがとうございます、これつまらんもんですが皆さんで食べてください」


戸田のお父様が部屋に入った時からわたくしが気になっていたビニール袋をドンとテーブルの上に出した。


「あら、南極のアイスキャンディ!!お父様わかってらっしゃるわ!」


「何がです?」


「は?戸田、あなた何を寝ぼけた事をおっしゃってるの、南極のアイスキャンディよ、551じゃないのよ」


「はぁ? でもそんな高いもんでもないですよソレ」


「はぁ〜、これだから社会の仕組みをわかってないお子ちゃまは、あなたアイスキャンディの力を舐めてますわ」


「ハハハ、キャンディだけに舐めてるは上手いですな!」


「お父ちゃんはだまっとれ!」



ふう、何もわかっていない戸田に教育するのも主人である私の役目ですわね。


「いいですか、社会人たるもの来訪先の手土産はアイスキャンディと決まっているのですわ、常識でしてよ!」


うんうんとソファーに座りながら頷くお父様、そんな常識も知らないなんて戸田もまだまだお子ちゃまですわ。


大阪では取引先への手土産にアイスキャンディを持って行く習慣がある、特に定番は豚まんでも有名な551のアイスキャンディで人気が高く大変喜ばれるのだ。ちなみに556は錆止め油なので持って行くとなんやコイツって目で見られる。


そして551のアイスキャンディと並ぶ人気なのが。


南極のアイスキャンディと言えばこの斜めに刺さっている持ち手の棒ですわ、味はどれも美味しいですが私の好きなのはなんといってもこのミックスジュース味、迷わずに手に取った。


「戸田、いっぱい頂いたから溶けないうちに屋敷の皆に配ってらっしゃい、絶対に喜びますわ」


ドライアイスが入ったアイスキャンディを持って部屋を出る戸田、その間ミルク味を自分用にちゃっかり取って置いているのを発見する。





シャリ


「やっぱりミックスジュース味は美味しいですわ!ペロ」


シャリ


「いや〜、そない喜んでもらえると嬉しいですな、ペロペロ」


あら、よく見ればお父様が舐めてるのって本くずアイス柚子味、一番高い250円するやつ選びましたわね。

でも西園寺家の応接室でアイスキャンディをペロペロ舐め合う姿は、お母様に見られたら雷が落ちそうですわね。

とっとと用件を伺いますか。


「で、今日はどう言った御用件ですの」


「ふ、流石やね、一瞬で雰囲気が違うなった。ちなみに郁美のやつはお嬢様のお役に立てとりますか?」


「ふふ、わたくしに苦言を言ってくれる貴重なよ、手放す気はなくてよ」


戸田のお父様は一瞬ポケっとしたものの笑みを浮かべる。


「ありがたい事言うてくれますな、奴の一生が安泰すぎて泣けてきますわ」


「ハンカチ要ります?」


「いや、結構。ホンマに泣くわけやおまへん、しかし出来の良い娘と比べてしまうと、なんとも情けない父親ですわ」


「……」




カチャ


「お嬢様、今日は旦那様達が居られないので使用人全員に配ってまいりました、皆さん本当に凄く喜んでましたよ!」


お父様とお話していると戸田が戻ってきてきた、ふんすとドヤ顔をして見せる。アイスキャンディの威力を確認出来たようでなりよりですわ。


「で、お父ちゃん結局何しに来たん?」


「いや〜、コロナでめっちゃ不景気でな、借金作っちまったんでお嬢様に相談に来たんよ、ハハハ」


「はぁ?借金やと!!お父ちゃん、私の仕送りはどないしてん?結構送っとるやろ!」


「アホか、娘が稼いだゼニでおまんまなんぞ食えるかい!ちゃんとお前の嫁入り用に取って置いとるわ!」


「アホはお父ちゃんや!また何か変な機械でも買ったんやろ!」


「投資や投資!ええ道具使わんとええもん出来んやろ!」


ぜぇぜぇと荒い息の親子を前に緩くなった紅茶を一口、あら、お口の中がスッキリ、意外と合うわね。




5分後。



「はぁ、それでエリカお嬢様に助けてもらお思いまして、こうして恥を偲んで訪問させていただいた次第でございます!」


戸田のお父様はソファーを立つとその横で膝を付いて頭を下げた、ふむ、どうしてこの年代の大阪人ってすぐに土下座するんでしょうね?様式美?


「まぁ、他ならぬ戸田さんのお父様ですし、アイスキャンディの分くらいはお助け致しますわ」


「おおきに、おおきに」


お父様が大きく頭を下げる、が、すぐにガバリと起き上がる。


「ほな、ボートとロト、どっちがええかな、即金ならボートか」


「方法は決まりましたの?」


「では、今日のボート、第1から12レースまで3連単で予想お願いします!後、縁起担ぎで種銭にお嬢様の100円下さいな、そっから増やして行きますわ」


「お父ちゃん!!」


競艇の払い戻しの上限は確か2千万とブックメーカーの叔父様がおっしゃっていましたわね、でも実際1回のレース配当金でそれほど高額なのは見たことがありませんわ、せいぜい70万ほどと言っていたような。いいのかしら?


「え、そんなことでいいんですの?アイスキャンディの対価としてはお安くありません?」


「ああ、全部で200万もあればええんで、全然大丈夫ですわ!」


「どんだけ高いアイスキャンディやねん!」


戸田のツッコミが炸裂する、ツッコミがどんどん上手くなるわねこの、もう初段くらいは上げてもいいかもしれないわね。







玄関でペコペコ頭を下げる戸田のお父様を見送る、ついでなので瀬場州セバスにもアイスキャンディを追加で渡して送らせた。







「すみませんでした、私の父がご迷惑を」


「ああ、別にいいわ。結局数字を言っただけですもの、でも当たらなくても知りませんわよ」


「…はは、それはお嬢様なら大丈夫かと」


エリカの強運、それに引きの強さを知っている戸田は思わず苦笑いする。


「あら、そう。……ねえ、戸田、貴女後で駅前の販売所でロト6でも買いなさいな、番号はそうね……」




後日、戸田親子から食べきれないほどのアイスキャンディを渡されて、冷凍庫を開ける度にニマニマするエリカがいたりするのはまた別のお話。

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