第20話 エリザベート女王陛下ですわ!
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・ 名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
パタパタパタ
テラスで七輪を持ち出して秋の味覚、秋刀魚をモクモクと煙を上げて焼いていると、戸田がもの凄い形相で走ってやってきた。
「ああ、戸田。良い所にきましたわ、厨房からすだちを取ってきてくださる」
「お嬢様! テラスでお魚を焼くのはおやめください、火事かと思って慌てましたよ!」
「おおげさですわ、この香りでわかりませんの?」
まったく戸田は大袈裟ですわ、私なら100m先からでも何を焼いているかわかりますわ。
「はぁ…、もういいです。すだちですね」
戸田は失礼な事に諦めたような表情をすると踵を返す、前はもっと素直な子だったのに。でも、本当に火事だと思ってたのかしら。
「戸田、なにか他に用があったのではないの?」
「ハッ、そ、そうでした!じょ、女王様がお亡くなりになられました!!」
「へっ?」
イギリスのエリザベート女王がこの年、2022年9月8日崩御した。
戦後イギリスの頂点として君臨してきた女傑の死は、全世界に衝撃を与えるものだった、とりわけイギリス王室と親交の深かったエリカは大きなショックを受けた。
同じ学園に通うウィリアムズ王子のお婆さまが亡くなった一報は西園寺家にとっても他人事ではない、第3王子エド伯爵と結婚した叔母は王室入りしているしエリカも、女王様にはなぜか気にいられウィンザー城を訪れた時には随分と可愛がってもらった。
西園寺家はすぐに渡英の準備を始めた。
西園寺家の左三つ巴 (ひだりみつどもえ)の家紋が入ったプライベートジェット(G550)が関西国際空港の第一ターミナルに横付けされている、12時間後には冷たい雨が降るロンドンに到着する。
「サー西園寺、ようこそユナイテッド・キングダムへ」
「うむ、バッキンガムまで頼む」
ロンドン・シティ空港に降り立った西園寺家を出迎えたのはジャックだった、いつもはウィリアムズと一緒にいる執事(バトラー)だ、パリッと着こなしたスーツ姿が実に出来る男に見える。
ベントレーのリムジンのドアを開け頭を下げる。ヒースロー空港の方がと思ったが現段階では公に出来ないので途中からテムズ川を昇る順路をとるようだ。
テムズ川を進みながらロンドン橋を眺めマザー・グースの童謡名を呟く。
「ロンドン橋落ちましたわ…」
トラファルガー広場からザ・マルのプラタナス並木を抜ければバッキンガム宮殿だ、今日の宮殿はどこか悲しげな雰囲気が漂っているように見えた。バッキンガム宮殿の屋上には王室旗ではなくイギリス国旗が掲げられていた、ずらりと並んだ衛兵の敬礼で迎えられる。
ステートルームに通されるとそこにはウィリアムズ王子が待っていた、ソファーから立ち上がった軍服姿のウィリアムズと軽いハグを交わす。
「エリカ、よく来てくれたね、お婆さまも喜ぶよ」
シャンデリアの灯りで照らされた笑顔、いつもはLEDみたいに眩しい笑顔が今日はまるで豆電球のように弱々しい、こんなウィリアムズを見たのは初めてですわ。こんな落ち込んだ孫なんてお婆さまも見たくないだろう、私はあえて笑顔でウィリアムズに問いかけた。
「ウィリアムズ、おば…陛下は安らかなお顔をなさってましたか?」
「あ、ああ、微笑んでるような満足げな表情だった…日本ではこう言うのを大往生と言うらしいね」
「ふふ、そうかもしれませんわ、陛下は色々と凄い方でしたから」
「はは、そうだね、あんな元気なお婆ちゃんなんて滅多にいないと思うよ、エリカも是非お婆さまに挨拶してあげてほしいな」
ウィリアムズがほっとしたように笑った。
王冠が乗せられた棺、ウィリアムズ王子の横で私がそっと覗き込むと陛下のお顔を見ることが出来た、その顔はウィリアムズの言った通りとても優しい微笑みを湛えていた。
「お婆さま、エリカですわ。お好きだったキャドバリーのデイリーミルク、棺に入れておきますね、お腹がすいたら食べてください」
『Thank You…』
「えっ」
棺に陛下の好きだったチョコレートと白いカーネーションの花を入れるとどこからか優しげな声が聞こえた、まだそばにおられるのかしら?
「どうしたのエリカ」
「ふふ、お婆さまにお礼を言われてしましましたわ」
「えっ!はは、お婆さまなら確かに言いそうだ」
エリザベート女王陛下は在位70年を超えるまさしく英国を代表する存在だ、英連邦15カ国の女王・国家元首として未だに世界に大きな影響力を持つ、それだけにその身にかかる重圧たるや誰にも想像できないだろう。
今やっとその身を縛る責任から解放されたのだ、これからは天国で自由に好きな事をやってほしいと思う。
陛下に別れの挨拶をした後ステートルームに戻ると2匹のコーギー犬が短い足でテコテコとすり寄って来た。
「マック、サンデー!お前達も来てたのね、お婆さまにお別れの挨拶は済ませた?」
「「ワフッ!」」
1週間後には国葬が行われる、国民に愛された陛下の事だおそらく前代未聞の壮大な葬儀となるだろう、日本からは天皇も来訪するらしい、ウエストミンスター宮殿の天井にはきっと菊の紋が飾られる、日本の皇帝が来る以上西園寺家が表ででしゃばるわけにはいかない、お父様とお母様、そして私は一参列者として葬儀に出席することとなる。
私はアフタヌーンティーにチョコレートビスケットケーキを食べながらロンドンのどんよりと曇った空を見上げた。
「空がいまにも泣きそうですわ…」
バッキンガム宮殿には赤い軍服に黒いベアスキンで有名な近衛兵がいる。
午前の部の交代を終えロッカールームにて。
「なぁ、さっきウイリアムズ王子と弔問に来た東洋人って誰?王族?」
「うん、第3王子エド伯爵の関係者だろ、たしか日本人が奥さんだからな」
「ああ、そうか。でも凄い可愛い子だったな」
「俺も見た。可愛いけど気品もあってめっちゃ綺麗だった」
「でもチョコって棺に入れてよかったのか?」
「王子も笑ってらしたしいいんじゃないか、もしかすると未来のウイリアムズ夫人になる方かもしれんな」
「「「くそ、王子の奴羨ましいぞ」」」
※私、エリザベス女王って凄く良いお婆ちゃんって印象なんですよね、会ったことはないですが、ご冥福をお祈り致します。
あの国葬は流石イギリスって思わせてくれました、それに比べて阿部ちゃんのは地味でしたね。
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