第19話 9月と言えばこれですわ!

「ごきげんよう伊集院様」


「ごきげんよう西園寺様、あら、本日は何やら良い匂いが致しますね」


「ほほ、お恥ずかしい、昨晩お家でバーベキューをしたものですから、匂いが移ってしまったのですわ」


「まぁ、それは楽しそうですわね」


「お嬢様は七輪でモツを焼くのをバーベキューと言いはるのですね…」


「…戸田、何か言いまして?」


「いえ、お嬢様の制服は帰りにクリーニングに出しておきます」


「おねがいしますわ」





お嬢様部に入部して早いもので1年が経つ、今年は私も綾小路様もエリカ様と同じクラスになることが出来た。

この1年間、完璧なお嬢様であるエリカ様に密かに憧れの眼差しを向けて来た私、その中でいくつか気づいた事がある。

エリカ様は食べる事がお好きな事は実は有名だ、本人や戸田さんは隠そうとしてらっしゃるが、いつも食堂ではメイン以外にデザートまで綺麗にお食べになっているのでバレバレなのだ。あんなにニコニコと美味しそうにお食べになるのに、なぜ戸田さんは隠そうとなさるのでしょう?

しかも色々な食文化にもお詳しい、ニューヨークの有名ショコラの店のパティシエさんとも懇意にされていたり、先日なども私の実家のお芋の斬新な料理法を皆様に教えていただいた、送っていただいたお芋の種類も全て正確に説明されていた、これにはその事を話したお婆さまもとても感心なされていた。



一番驚いたのは、お父様の会社に行く時にお見かけした時だ、熊本が誇るくまモンカラーの小さなバイクでトタタと走るお姿、帽子のようなヘルメットをかぶっていらしたが、お顔は見えていたし風になびくあの特徴的な縦ロールの髪型は見間違いようがない。

そのトコトコとゆっくり走るお姿の実に優雅でお可愛いこと、それを見た瞬間思わず悶絶してしまいましたわ。


「私もバイクの免許を取ろうかしら?」


「まぁ、伊集院様、バイクなんてお乗りになるの?」


ポツリと呟いた言葉を隣にいた綾小路様に聞かれてしまった、心配そうに見つめられて少し困ってしまった、けれどこの学園の生徒でバイクに乗るような方はいませんものね、心配されるのも不思議ではありません。






放課後の部室、今日はエリカ様が葡萄を差し入れとして持ってこられた。


「んん~、クイーンルージュ美味しいですわ!」


「あ、これが昨日長野から取り寄せたと言っておられた新種の葡萄ですのね、美味しんですか?」


「シャインマスカットより甘くて、この艶のある赤紫が高貴な感じでいいですわ」


パクッ


「ん~~~っ!美味しいですわ!」


エリカ様がとても美味しそうに食べるので皆つられて手を伸ばした。


「まぁ!本当に甘くて美味しい」


甘味と酸味のバランスがとても良い、以前食べたシャインマスカットよりこっちの方が葡萄らしくて好みかもしれない。


「ふふ、そうでしょ。これからの季節は、林檎や梨に栗なんかがとても美味しくなりますわ」


本当に食にお詳しい、私は今の時代、いつでもどこでも同じ味の物が食べれるとばかり思っていた。


「へぇ~、季節によって獲れる果物が違うのですね」


「ええ、流通が発達しても旬の食材はやはり一味違いますわ」


食べ物の話になるとエリカ様はとても饒舌になられる、楽しげに話すエリカ様は普段の凛とした感じが薄れてとても親しみやすくて大好きだ。お婆さまが薦めてくれた極早生ごくわせみかんとか持って来たら喜んでいただけるかしら。


「この時期は他に何がオススメですか?」


「う~ん、そうですわねこの時期のアカムツ(ノドグロ)は白身ですけど脂が乗っていて美味しいですわ」


「アカムツ?お魚ですか?」


「ええ、テニスの錦織選手も好きなお魚ですわ」


「はぁ」


「後、今ですと里芋もおすすめですわ!」


お話の進みぐあいに吃驚してしまう、ここで戸田さんが助け舟を出してくれた。


「お嬢様その辺で…伊集院様がついてこられません」


「あら、そうですの」


「いえ、私の方から聞いておいて申し訳ございません」


うぅ、エリカ様の知識についていけません~、もっとお勉強しなくては!




「そうそう、今日は月見団子も持ってきていますの、戸田」


レイカ様が声をかけると戸田さんが三方さんぽうとすすき、それにお団子を用意し始めた、なかなか本格的だ。


「そちらの窓際がいいですわね、あ、きなこを振るのもお忘れなく」


レイカ様によると月見団子は15夜にちなんで15個、先程お話しされた里芋を添える事もあるそうだ。あまり小さいものは仏さんへの御供物のようで縁起が悪く、満月を思わせる少し大きめが良いとの事。また、関東と関西ではお団子の形も少し違うらしい、エリカ様が用意なさったのは楕円型で関西風だ。隣に飾るすすきは神様が降り立つ依代よりしろとなる。

わざわざ福岡から取り寄せたという八女茶やめちゃは部員全員で頂いた、たまには日本茶も良い物だ。


「ホホ、中秋の名月、やはり風情を楽しみませんと」


そう言って優しく微笑むエリカ様にさらなる尊敬の目を向ける、そうですわね、こう言った事の積み重ねがエリカ様のような完璧なお嬢様を作り上げるのですわ、見習わなければ。







私はその日の夜に窓辺にお団子を置きながら、満月を見上げた。


「あぁ、月が綺麗ですわ~」




でもお団子はお腹がいっぱいで1個しか食べられなかった、でもこれはエリカ様も多分ご一緒ですわよね。

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