第15話 シャウエッセンですわ!

阪神なんば線沿、京セラドーム大阪はオリックス・バファローズが本拠地としている球場だ、その隣に2013年にオープンしたイオンモール大阪ドームシティ1階食品フロアでは、今日も今日とて縦ロール髪の一人のお嬢様がうろついている、もう何回も目撃されているので常連と化して名物扱いされているまである。


花の女子高生、しかもご令嬢が休日に一人でイオンモール、近くにUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)も有ると言うのに。ミニオンズに会いに行けよ!


「やっぱりイオンはコスパが良いですわ!」


ご存じ、エリカお嬢様がキッチリとセットされた縦ロールをかき上げながら呟く。服装は食品フロアでは場違いな上品な短めの薄紫のワンピースにお揃いの色のパンプス、手にはシャネルのバッグではなくイオンのプラスチックのカゴが握られていた。すれ違う人が皆振り返る事はいつものことだ。


「さて、夜食用にカップ麺も買いましたし、4階の銀だこにでも寄って帰りましょうか」


大阪人の中には銀だこに確執を持つ者もいるがエリカはそんな事を気にしない、一般的に大阪ではたこ焼きはその場で焼きたてを食べるものだ、だが銀だこはお持ち帰りで家に戻ってから食べる事を想定しているのか、仕上げに油で揚げ焼きにして表面をカリっとさせるのが特徴だ、たこ焼きの本場ならではのこだわりと言ってしまえばそれまでだが、大阪人にはこの微妙な作り方の違いがお気に召さない者がいる、まぁ、エリカはどっちもその場で食べるので美味しければどうでもよいのだが。



「あら、この香りは?」


お肉コーナーの前をカツカツと歩いていると試食をやっているのが目に入った、ホットプレートから香ばしい匂いが食欲を誘っている。


早足で近寄ってみればマネキン(試食販売員)が案の定ソーセージを焼いていた。休日に来ると試食コーナーが多くて嬉しい。



「シャウエッセンですわ!!」


「おわあっ!」


エリカがいきなり大きな声をだしたのでマネキンさんが驚く、そりゃ縦ロールの綺麗なお嬢様がこんな食品コーナーに現れればびっくりもするってもんである。

大体このマネキンはここの担当のおばちゃんが風邪で休んだので急遽代役で派遣された本社のあんちゃんなのだから。


「コスプレにしては様になっている、まさか本物のお嬢様?」


「試食よろしいかしら」


「は、はい。どうぞ」


動揺はしてても仕事はきっちりやる、試食用の小さなプラ皿に1本、こんがりと焼かれたソーセージを乗せ、楊枝を1本刺して手渡した。ニコニコと嬉しそうにエリカは受け取った。


エリカの小さな口に太めのソーセージがゆっくりと運ばれる、その姿を間近で見ていたマネキンさんは妙な興奮を覚えた。コラ!


パキュン!


「美味しいですわ!焼き加減も完璧ですわ!!」


エリカが会心の音色を響かせ、満面の笑顔を見せる。

マネキンの仕事はその場で調理した食材を食べてもらい、気に入って買ってもらう事にある、そのため一流のマネキンの調理技術は結構高い、現にこのマネキンはホットプレートで焼く前に軽く茹でて余計な油を落としている、その方が焼き時間も短いしパリッとした食感が出て美味しいのだ。


「やっぱりシャウエッセンは良いですわ!本場ドイツのヴルストにも負けていませんわ、国産でこれだけの味が出せれば大した者ですわ!」


「そ、そうなのですか?」


「ええ、ここをご覧なさいJAS特級って書いてますでしょう、これは豚肉、牛肉のみ使っていてつなぎを一切使ってないソーセージに許される称号ですわ、上級、標準もあって標準は羊、鶏、牛豚以外の混合、つなぎや澱粉も入るのですわ!」


「はぁ?」


「後、ソーセージは羊の腸を使ったものをウインナー、豚の腸を使ったのがフランクフルト、牛の腸がボロニアソーセージと呼びますわ」


「へぇ、こんな仕事をしてるのに恥しながら知りませんでした」


「まぁ、ソーセージの中身はお肉屋さんと神様しか知らないとも言いますし、ご自分でも勉強なさって」


エリカが喋りながら手を出すのでマネキンのあんちゃんはもう一皿差し出した、それを自然な動作で口に運ぶ。やっぱちょっとエロい。


パキュン!


「ん〜〜〜っ!美味しいですわ!2袋いただきますわ!」


ここで戸田へのご機嫌取り用に2袋買うのがエリカらしいと言える、どんだけ戸田に弱いねん。


「ありがとうございます!」


「それと、貴方どこの派遣会社ですの?西園寺家の屋敷で働きませんこと」


「は、はあ?」


「気が向いたら家にいらして、わたくしの名を出せばわかるようにしておきますから」


そう言ってシャウエッセンを2袋買い物かごに放り込むと、レジに向かって去って行くエリカお嬢様。

残されたマネキンのあんちゃんが困惑する。



「え、西園寺?名前は聞いてないんだけど……えっ、言ってないよね?」


この男、中川 啓介けいすけ23歳は1ヶ月後には西園寺家の厨房で焼き物担当として働く事になる。この不景気な時代に給料、福利厚生とあまりの待遇の良さに驚くのだった。




だがエリカお嬢様が時々つまみ食いに来るのは、立場的に料理長や侍女達との板挟みになるので勘弁して欲しいと思っている。

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