蓮川 夜の観察。
第9話 気になる男。
未成年の頃に傷害事件を起こして医療少年院に入院した時に医者に言われた。
性的サディズム障害。
認知に歪みがあり、暴力に性的な快感を感じる。
蓮川の場合は首絞め。苦しみ藻掻き、暴れるのを押さえつけて、その抵抗が弱まって行く様を見ているのが大好きで、女でも男でも窒息して気絶する寸前の硬直と弛緩を感じるのが大好きだった。
ナンパして誘った女の首を絞めて楽しみ、気絶すると興味が失せて放置した。それを繰り返した結果、傷害で捕まった。
9人もの女に被害届を出されて、一発アウト医療少年院送致。そこで1年間、番号を振られて治療を受けた。
当時のことは良く覚えていない。
女の胸や尻を見ても性的な興奮はほとんど覚えなかった。ムラッとしたら首が絞めたくなる。その女を殺したくなる。
むしろ、首が絞められれば女である必要すらなかった。
そんな風に自分が異常であるのだと言う事を徹底して思い知らされた。
それで治ったのかどうかというと微妙なところだったが、とりあえず気の紛らわせ方と我慢は覚えた。
退院後は実家には帰らなかった。
親との関係は悪くなかったし、家に不満はなかったが、元の生活に戻ることが怖かった。
せっかく覚えたことまで元に戻ってしまうような気がしたのだ。
思えばこの辺りから少しずつおかしくなっていたのかもしれない。
蓮川は暴力衝動を抑えられない自分に戻ることを異様に恐れ、自分が性的に興奮することを避け始める。
最初は女性や性的なことに接触しないことで我慢しようとした。しかし、山奥の洞窟に一人でこもっているわけではないので、そんなに簡単に情報を遮断することができずに苦しんだ。
そんなころ
SMプレイを覚えてからは技術の精度を上げることに集中することで気を紛らわせるようになった。
殴りたい、首を絞めたいと思っても、丁寧に縄をかけているうちに気持ちがそちらにシフトして落ち着いた。
素手で殴らず鞭を使う事、素手で首を絞めず縄で身体を緊縛する事は、蓮川にとって感情を制御するリミッターとなった。
そして、プレイも最初はAVの現場やショーなどで行っていたが、そのつながりからM嗜好のある女性が集まり始め、次第にMではない女性も集まり始めた。
蓮川としては性欲を発散さえできればよかったので、来るもの拒まずで受け入れているうちに面倒なことが起こり始める。
恋人にしたつもりもない女が、恋人面を始めて蓮川を独占しようとしたり、他の女性たちに嫌がらせを始めたのだ。
蓮川はそこでルールを作った。恋人は作らない。繰り返し関係を持つと恋人面を始めるので1度限り。
子供ができたのと言う嘘をついて気を引こうとする女を退けるためにパイプカットも行った。
これは性欲がなくなると言う事を聞いたことがあったので、それも期待してもいたのだが、それは適わなかった。
それからは誘われるままに相手をして、一回限りですべて切り捨てた。
それで収まると思っていたのだが、事はそう単純に行かず、女性たちに何が火をつけたのかわからないが、蓮川は相手に不自由しないようになってしまった。
性欲はSMプレイをして発散できる。感情が高ぶり切る前にセックスに行為をシフトして射精することで発散した。
毎日のように相手をすることで性欲は鳴りを潜め、暴力衝動にさいなまれることもなくなった。
気がつけば、毎日違う相手と寝て、相手への興味はすっかり失われた。
ある日、clownというBARの入り口をくぐった時にふと視線を感じた。
(あれ、あの子……)
20代そこそこくらいの若い男がこちらをみている。
このBARで何度か見かけたことがあった。常連の一人だろう。
柔らかなアッシュカラーのショートボブに少し吊り目な猫っぽい顔。童顔で若く見えるが、BARに居ると言う事は20歳はこえているだろう。
スツールに腰かけている姿は姿勢が良く所作が綺麗だった。身長は蓮川より少し低そうだ。180センチくらいだろうか?
少し気になってじっと見てしまったせいか、その男と目が合ってしまった。
(あ、これは)
男は眉をひそめている。
蓮川の隣には派手な服装の女。
(俺の噂を知ってるんだな)
思わず苦笑した。
蓮川は何だか奇妙な親近感を感じて軽く会釈してから席に着いた。
この日はこれだけで終わったが、何故かその後もその男を見かけることが多くなった。
声をかけたり、会釈をするわけではない。ただ店で行き会う、ただそれだけだった。
その頃、蓮川は一人の女とトラブっていて、そちらの面倒に気を取られていたのだが、そんな中でも時折見かけるその男の事が何故か気になっていた。
気になり始めたら、名前が分かった。
昔なじみの恵と仲がいいのだと知った。
「お前、あいつに手を出すなよ」
名前を知った時に、そう言って恵に釘を刺された。
「好んで男とは寝ない」
蓮川は男も相手にするが好んでしているわけじゃない。
向こうから言ってくれば拒まないだけだ。
そう言ったものの、恵には興味を持っているところは見透かされたかもしれない。
(彼は縛りがいのありそうないい身体してる)
螢は服の上からでもわかるほどいい身体をしていた。
ボディビルダーのようなマッチョさではなく、程よい筋肉と程よい脂肪で、やわらかなラインを出しつつ、肩や胸などはしっかりある。
蓮川は緊縛師としてショーのようなものにも出ていたので、一度、螢を縛ってみたいなと思っていた。
恵の知り合いと言う事はS男かとも思ったが、彼の様子を見る限りそんなことはなさそうだった。
螢がは女の子に声をかけられているところも見たことがある。
男としては頼もしそうで、顔もやや童顔とは言えカッコいい部類に入るだろう。
モテるのだなと思って見ていたら、螢はあっさりと女の子をスルーしてしまった。
甘えたいオーラ丸出しの女には特に興味がなさそうだった。
そんな螢を縛るチャンスはすぐにやってきた。
なじみのハプバーのオーナーに頼まれて、ワンステージだけ緊縛ショーをやることになったのだ。
とはいえ、店のサービスイベントのようなものなので、自前でモデルの女の子は用意せず、客の中から選んでサービスしろと言う事だった。
そこに、螢がいたのだ。
ステージから遠巻きに、ライトの外側の暗がりに居たが、端正なシルエットですぐに螢だと分かった。
(来るかな?)
声をかけたのはお試しだった。
「そこの男、来い」
螢は素直にその誘いに応じてきた。
そして、その身体は極上だった。
打てば響くとよく言うが、縄を滑らせるだけで、その筋肉のしなやかさが分かった。
緊縛と言うのは縄をかける側の技術もあるが、実際は縛られる側の身体能力も重要だ。
程よい筋肉、程よい脂肪に加え、しなやかな関節を持っている。
仰け反らせて吊り上げても、それを支えることが可能な身体構造。
実際、吊り上げたらその瞬間からカウントダウンが始まって、数分の内には降ろさないと命の危険がある。
しかし、螢はそれを十分に耐えきるだけの体力があり、魅せる苦悶の表情も劣情を掻き立てるには十分だった。
(首が絞めたい……)
呼気を奪って、今よりももっと先にある苦悶と快楽の顔が見たい。
螢ならば、そこまで耐えらえるのではないだろうか。
その誘惑に負けて、蓮川はショーの後、バックステージで螢の首を絞めた。
最高だった。
―― 続
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