第3話 縛られる男。

 けいに勧められたハプバーのイベントは三日後の夜だった。

 イベントのあるハプバー「actress」にはけいも幾度か行ったことがあった。

 イベントによっては悪乗りのキツい店も多いが、actressは比較的大人しめで大人の交流会のような雰囲気の強い店だった。

 それでもゲイである螢には少し敷居が高い。

 こういう店はゲイナイトでもない限り、ヘテロのための出会いしかないからだ。

「でも、ショーだけ見て帰ってくればいいか……」

 どうしようか迷うのだが、結局好奇心には勝てない。

 恵が「上手すぎる」と言うほどの腕前の緊縛が見てみたい。

 螢だって嫌いではないのだ。

 そう割り切って、螢は店へと向かった。



 店内に入り荷物をクロークに預け、フロアをざっと見まわすと思ったよりもカップルたちが密着していない。

(みんなショーを待ってるのかな?)

 この店ではフロアでのは禁止で、奥のプレイルームへ行かねばならないが、いつも密着してこそこそと悪戯にふけるカップルくらいは居る。

 それがみんな大人しくグラスを傾けながら、ステージの方を見ているところを見ると、やはりショー目当ての客が今日は多いのだろう。

 螢もカウンターでビールを貰うと、空いている空間を探してそっとフロアを移動した。

(なんか、女の子多いな……)

 こういう店は目的が目的なので、やはり客層は男性が多くなりがちだ。

 しかし今日はやたらと若い女の子がいるような気がする。しかもカップルではなく単独のようだ。

 その傍で声を駆けたそうにしている男たちがそわそわしている。

 変な感じだなと思いながらビールを飲んでいると、フロアの照明が落ちてステージにライトが灯された。

 ショーパブのショーのようにバシッと決まった明かりではなく、やや薄暗いくらいのライトが淫靡さを醸し出している。

(始まる……)

 最初にステージに立ったのは女性の緊縛師だった。

 パートナーは白っぽい襦袢を着た女の子で、ボブカットの黒髪がいかにもな雰囲気だった。

 ショーは緊縛だけではなく、緊縛は軽く拘束する程度で、鞭で女の子を責めるところを見せたり、ご定番の赤い蝋燭で嬲ったりと見ごたえがあった。

「あ、ぁあ……」

 後ろ合掌で縛られた女の子があおむけに仰け反るような姿で固定され、縄で縛り上げられてつんととがった胸の上に赤い蝋が滴って行くたびに苦悶の声が漏れる。

 縛り上げられて火照る肌に、蝋のしずくが落ちると、ひくっと体を震わせる。

「ん、う……ん……」

 セックスの時のような喘ぎ声ではない。

 苦しくて、痛くて、思わず上げそうになる声を必死にこらえる苦鳴。

 そんなステージの熱にあてられるのか、観客たちの呼吸も少しずつ高まってくる。

 カップルが何組か奥のプレイルームへと消えてゆく。

 螢も熱にあてられてはいるが、どうしてもそこまで没頭できない。女の子に感情移入しようにも責めるのも女であるため自分がゲイであることが邪魔をする。

 それにもう少しハードな責めの方が好みと言うのもある。

(まぁ、オープニングからそんなハードじゃ引いちゃう客もいるだろうしな)

 大体どこの店でも複数人の緊縛師が出る場合、最初はビジュアル重視の優しめなのから入ることが多い。

 優しめとはいえその縛りはみな本格的ではあるのだけれど。

 そんな雑念多めな感じでショーを眺めていると、急にステージ周りにいた女性客がそわそわとし始めた。

(どうしたんだろう……)

 そう思って辺りの様子を見ていると、不意にパンッと乾いた破裂音が鳴り響いた。

 ハッとしてステージに視線を戻すと、そこには長身の男が黒づくめの姿に黒い布で目のあたりを隠した格好で立っている。

 手には長鞭を持っていて、さっきの破裂音はその鞭の音だったようだ。

(あ、もしかして蓮川さん?)

 そう思ってみていたら、目が合ったような気がした。

 黒い布で顔が隠されているので、もしかしたら気のせいかもと思ったが違った。

 男はすっと螢の方へ手を差し伸べると芝居がかった声で命じた。

「そこの男、来い」

 男の手を差し伸べる方向に男は螢しかいない。

 だが、それを確かめるまでもなく、螢はその命令を聞いた瞬間にふらりと足を踏み出していた。

 そしてステージに近づき、男の手を取る。

「上がれ」

 ステージの段差に足をかけ、男と同じところに上がった。

 男が螢を抱きしめるように引き寄せるとキャーッと言う声が上がる。

 その声に紛れて、小声だがはっきりと聞き取れる声で耳元で囁かれた。

「蓮川です。ちょうど姿が見えたので」

 それだけだった。

 お願いしますとも何とも言われなかったが、ああ、この男に縛られるのだなとわかった。

 そこからは完全に蓮川の独り舞台になった。



「座れ」

 螢は蓮川に命じられるままに足元に跪いた。

 客席に完全に背を向けているので、目の前には蓮川しかいない。

 ざわざわと客がざわめいているのが分かる。

(そうだよな……きっとあの女の子たちはコレ目当てだったんだ……)

 それを掻っ攫って行く螢はさぞ恨まれているだろう。

 本来ならそんな面倒ごとは絶対に避ける。

 いくら螢がMであっても命じられても蓮川の命令を聞く筋合いはないのだ。

(でも……)

 その言葉に咄嗟に体が反応した。

 差し伸べられた手を取らなくてはと思ってしまった。

 そんなことを考えていると、蓮川が手にしている鞭を螢の首に巻き付けてきた。

「俺の言葉以外を聞くな」

 そう言って、ぐいっと蓮川の方へ引っ張られる。

 太い鞭が螢の首を絞め、思わずつんのめるようにして手をついて四つん這いになった。

 その瞬間、するりと鞭は螢の首から離れ、今度はその姿勢から動けないようについた手を踏まれた。

「っ……」

 革靴の底にごりっと手の甲を押さえつけられると、その痛みをこらえるために自然と頭が下がってしまう。

 尻をあげて蹲るような格好だが、それで終わりになるわけではない。

 パシッと乾いた音と同時に尻に鋭い痛みが走った。

「ひっ!」

 服の上からだと言うのに身体が竦むような痛み。

 蓮川が長鞭で尻を打ったのだった。

 一回、二回、三回と尻を打たれる度に身体が竦む。

 焼けるような痛みに悲鳴を上げたいが、その声を封じるようにさらに鞭打たれた。

「はっ、はっ……はっ」

 犬のように短く息を吐いて痛みをやり過ごす。

 目からは勝手に涙が流れて、顔はぐしゃぐしゃになっている。

「いい子だ」

 何回鞭打たれただろうか、燃えるように熱くて、痛いのかどうかもわからなくなってきた頃にやっと鞭打ちが止んだ。

 そしてやっと手を踏みつけていた足からも解放され、蓮川の顔を見上げた。

 蓮川の顔は黒いベールをかぶっているので見ることは出来ない。

 でもその目が螢を見つめていることは間違いなく、その唇には笑みが浮かんでいるだろうくらい甘い声が命じてきた。

「シャツを脱いで、膝立ちに」

 蓮川の命令は短くて簡素だ。

 よくある辱めや焦らしもない。淡々とやるべきことを命じてくる。

 螢は粛々とその命令に従って、シャツを脱ぐと膝立ちで起き上がった。

 螢はシャツの下にアンダーを着ていなかったので、シャツを脱ぐと上半身は完全に裸になる。

 ピアスの類は付けていない、タトゥも入れていない、だがその身体を見て客席が息を吞むのが分かった。

 螢は緊縛されるためには程よい筋肉と脂肪が必要だと思っている。

 ジムへ行ってトレーニングは欠かさないが、ボディビルダーのようにゴリゴリに筋肉をつけたりはしない。

 胸はやや厚く、腹はやや薄く、尻は丸くアップするように。肌も日に焼いたりはしないが、完全に脱毛し、肌の滑らかさを保つためにケアは欠かさない。

 筋肉ばかりの体は縛っても血流が阻害されたり筋肉自体を傷つけてしまったりするので、縛られるためには程よい脂肪も必要なのだが、だからと言ってたるんで見えることはないように、均等のとれた綺麗な身体を維持していた。

 その体を見た蓮川も少し驚いているような気配が伝わり、螢は内心見せつけてやった! と思っていたが――。

「綺麗な体だ、これは縛りがいがあるな」

 そう言うと再び鞭を首に巻き付け、ぐっと自分の方へと引き寄せた。

 再び手をついてしまい四つん這いの姿に戻る。

 しかし、今度は手を踏まれずに、見上げた螢の頬をするっと撫でた。

(なんだ……)

 次の命令を待って蓮川の見えない顔を見上げていると、蓮川は自分の指にはめていた金色のシンプルなリングを抜き取った。

「口を開けろ」

 言われるままに螢は口を開ける。

 蓮川はそこに指輪を差し入れ、前歯にあたる位置で手を止めた。

「これはお前の口枷だ。噛め、だが傷つけても駄目だ。落とすのも許さない」

 そう言って金色の指輪を噛ませる。

 つるんとしたシンプルな丸甲リングは加えるとずしりと重く感じる。

(これ、本当に金の指輪だ)

 と言う事は少しでも嚙む力を入れたら指輪に歯形がついてしまう。

 このままをキープするのは何もなくても少しシンドイ。

 再び、螢の気持ちが逸れていることを感じたのか、蓮川は再び首を吊り上げるように引き上げた。

「うっ、ぐ」

 思わず声をあげそうになって指輪のことを思い出し、今度は落とさないように力を入れそうになって慌てて緩めた。

「俺の言葉に従え」

 その言葉に言葉で返すことは出来ない。

 金の指輪を口枷にされたまま、螢は目を閉じて服従に同意した。


 螢を膝立ちの姿勢に戻し、蓮川は鞭を下すと、足元に用意されている縄を取り上げた。

 束ねられたものを解き、長い縄を螢の体に巻き付けて行く。

「後ろへ」

 短く言いつけられ、螢は後ろに腕を回す。

「伏せろ」

 螢は後ろで腕を交差させたままお辞儀をするように俯せる。

 蓮川がその交差した腕をまとめて縄にくぐらせると、あっという間に手首が拘束された。

 こうなるともう腕を動かすことは出来ない。窮屈な姿勢で完全に固定されてしまうのでそれだけで息が上がってくる。

 螢は指輪を咥えたまま、ふぅふぅと息を吐く。

 次に蓮川は二の腕と胴を縛り始める。

 亀甲縛りのような派手な縄目ではないが、的確に関節を押さえてどんどん身動きが取れなくなって行く。

 縄の効果は動けなくなるだけではない。

 息苦しい体制で息が上がり、体のあちこちを圧迫されることで少しずつ血が上り逆上せてきた。

 さらに蓮川はわざと手荒く姿勢を動かすので、その度にビリッと痛みが走る。

 強く髪を掴まれて、無理やり起き上がらせるとビリッと痛みが走るのだが、その後に手を離されて姿勢が緩むと今度は肌が火照る。

「ん……ふ……ふ、ぅ……」

 息苦しくて喘ぐ胸もしっかりと圧迫されていて、頭の奥が朦朧としてくる。

 上半身を縛られた時点で1人で立ち上がることもできない。

 だが、蓮川は容赦なく螢の体を起き上がらせ、立ち上がらせると、ベルトに手をかけて引き抜いた。

「んっ、ん」

 ハッとして身構えようとしたが、蓮川の手が股間の前を強く握られた。

「んんっ」

「へぇ……」

 螢がびくっと体を震わせると、蓮川が少し違う声色で囁いた。

「いい趣味だな」

 そこにあるものに気がついたのだろう。

 羞恥で螢の顔が真っ赤になる。

 そのままそこを弄られるのかと思ったが、蓮川はそこから手を離すと、前のファスナーを開けてくつろげるだけでそれ以上脱がすことはしなかった。

 だがそれを見逃してくれるわけではないようだ。

 そして、初めて客の方へ体を向けられ、螢の足の間に蓮川は膝を入れると押し開かせた。

 螢は客席に向け、上半身裸で縛られ、ボトムスの前だけ寛げられた状態で腰を突き出すような形で膝立ちにさせられる。

 下着はつけたままだが、そのグレーのボクサーショーツの前が盛り上がっているのが丸見えだ。

 蓮川は客に見せつけるようにもう一度そこを撫で上げると足の間に縄を通し太ももを縛り始める。

「んっ」

 緊縛に使う縄は丁寧に鞣され、麻縄とは思えないほど柔らかくしなやかになっている。

 肌に縄をかけられる感覚はざりざりとした粗さはなく、吸い付くように滑らかに滑った。

 それ故に余計に縄が通される刺激が肌を弄る。

 ボトムスの上からなのに、前の盛り上がりを擦りあげ、尻のあわいに食い込んだ。

 縛られた息苦しさで肌を火照らせているところに、直接性的な部分を刺激されると体が如実に反応してくる。

(ヤバい……きもちぃ……)

 縛られた縄の間で乳首がとがっているのが見える。

 指輪の口枷を咥えたままなので、唇の端からは唾液が滴り、その雫が喉を滴り伝うのすら気持ちいい。

 痛みも確かに感じている。息苦しいし、身動きが取れないために体がきしむようだ。

 だが、それ以上に快感がある。口枷が無かったら甘い声をあげてしまいそうだ。

 こうしている間に縄はどんどん進み、螢はついに立っていることができず、蓮川に体を預けるように倒れた。


―― 続

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