第2話 最低なヤリチン男。
気にし始めたから変な縁でも繋がったのかと思うほど、
いつものBARに行かないようにして、別のブロックにあるBARに顔を出した時にも蓮川は女を連れて現れた。
なんだか地味に怖くなってきて、むきになって蓮川を避けたのだが、夜の店で会わなくても昼間のカフェで女連れのところを出くわしたり、夕飯に入った焼肉屋で女連れの蓮川に会ったりと、中々に呪われた状態になっている。
「それってカラーバス効果ってやつじゃないの?」
ボックス席の向かいに座った女がそう言って笑った。
この女は螢の数少ない女の友人で
恵は歳は螢より10歳以上年上なのだが職業女王様ではないS女で、恋人兼SMパートナーのM男がいる。
螢がゲイであること、Mであること、なども全部話せる気の許せる唯一の友人とも言えた。
男女間に友情があるかと言われたら、あると言えるのは恵の存在があるからだ。
しかも驚くことに彼女は蓮川の友人でもあった。
最初は沢山の女性の中の一人かと思っていたが、そうではないらしい。恵は蓮川とはかなり昔からの付き合いというか腐れ縁で、彼の傍にいて体の関係を一切持ったことがない唯一の女だろうと言っていた。
「カラーバス効果って、自分が意識している情報が目に入りやすくなるってやつ?」
「そうそう。髪型ツーブロにすると、やたらとツーブロのやつが目に付くようになったりするやつ」
恵は軽い調子で言うが、そんな気のせいではありえない。
「いやいやいや、俺さ、今週ほぼ毎日どこかの店で遭遇してんだよ。そろそろ蓮川さんにストーカーだと思われても仕方ないくらいの頻度だよ」
「大丈夫、大丈夫、あいつストーカー常に何人もいるから店で会うくらいなら気にしないって」
「え、何それ、ドン引きなんだけど」
ストーカーと思われないのはありがたいが、常に複数のストーカーに付きまとわれていると言うのは異常だ。
でも、その話を聞いてもなんとなく納得してしまうと言うか、わかる気もしてしまう。
「いや、あいつ酷いんだよ。この間、ちょっと話があって蓮川と飯食いに行ったんだけどさ、話が終わって私がトイレに立ったらさ、どこからともなく女が現れて、そいつと出てったんだよ。その時の女の勝ち誇った顔! お前らと私を一緒にするなっつーの!」
「本当に女が途絶えないんだなぁ……」
その話を聞いても呆れる以上に感心してしまった。
蓮川のこのモテの秘訣が知りたいとすら思う。
「蓮川さんって顔良しスタイル良しでモテるのはわかるんだけど、それにしたってその女率、モテ過ぎじゃないか?」
螢がそう言うと、恵は少し顔を曇らせた。
「それがなぁ……あいつのはモテてるってのとはちょっと違う気がするんだよな」
「ん? それってどういう……」
「あれ? 恵?」
不意に背後から別の声が会話に入ってきた。
慌ててその声に振り替えると蓮川が立っていた。
「あれ? 君はclownでよく会う……え、と……」
「……螢です」
clownは黒井のBARの名前だ。
螢の顔を見て驚く蓮川に、螢は名前を名乗った。
今まで顔を見て会釈することはあっても、実はこれが初めての会話だった。
「あ、蓮川です」
蓮川も名乗るが、それ以上会話が続かずに、思わぬ沈黙が漂う。
それをニヤニヤしながら恵は見ていたが、二人のぎこちなさに口を出すことにしたらしい。
「この子、私の後輩だから手を出すなよ。お前の女たちが近づきそうになったら全力でぶっ叩くからな」
恵の物騒な話に螢はぎょっとする。
「え? 恵さん? そんな俺はっ」
「螢、言っておくけど、こいつの周りにいるあの女たちはきれいな蝶々じゃなくて、肉食のハイエナだ」
「いや、ハイエナって……」
女性に対して失礼では? と思ったが、恵は言葉を緩めなかった。
「螢はこいつがモテるって言ったが――」
「
今度は女の声が言葉を遮るようにかぶさった。
螢の背後にいる蓮川のさらにその後ろから女が声をかけてきた。
夜と言う名前に心当たりがなくて、誰のことかと思っていたら、いつかBARで見かけたメイと言う女がカツカツと蓮川のもとにやってきた。
「ちょっと、話の途中でどこに行くのよ」
気の強そうなメイは螢や恵には気にも留めず、蓮川に食ってかかる。
美人が怒るのは迫力がある。しかもメイは売れっ子の女王様だ。キツめの声も板についている。
(おお、さすがS女、プライド高そう)
螢は完全に傍観者となって観てしまう。
「俺に話はないけど」
S女のメイに食いつかれても、蓮川は全く動じていない。
いつも店で見せている冷めたく興味のなさそうな顔。
「そうじゃなくて、私の話を……」
「一回だけ俺と寝たいって言うから一回寝ただけだろ。二回目はないって言ったよな。だからもう終わり」
突き放すと言うにはあまりにも冷たい言葉と態度。
冷たいと言うのも違うかもしれない、蓮川は明らかにメイに対して興味がないことを隠しもしない。
まだ嫌われているとか憎まれている方が取り付く島があったかもしれない。
「そんな回数の問題じゃなくて、理由を教えてよ!」
店内には他にも客がいるのだが、メイはそんなことも気にしていない。
蓮川に振り向いてもらうために必死だった。
(それは悪手だと思うけどな……)
蓮川に縋りついて詰問を続けるメイを見て、螢は少し可哀そうになる。
必死な様子からメイが蓮川を本気で好きなのは伝わってくる。
普段はもっとスマートな人なのだろう、前にBARで蓮川の隣に座ってた姿を思い出す。
あの時見えたヴァンパイアのピアスは輝いて見えたけど、今は何かの傷跡のようにくすんで見える。
「ねぇ、夜……」
「君と続ける理由ないよね? 約束ぐらい守れないの?」
蓮川の言葉は厳しい。
見ている螢ですらゾクッとする。
そして、自分に縋り付くメイの手を握ると、そのまま引きはがして振り払った。
螢はバランスを崩したメイを咄嗟に支えようとするが、逆に手を振り払われ睨まれてしまった。
プライドの高い女性には耐えがたい屈辱だったのかもしれない。
そのまま唇をかみしめて、蓮川を一瞥して、何も言わずに踵を返えす。
螢は成す術もなく、カツカツとピンヒールの足音が遠ざかるのを呆然と見送るしかなかった。
「……すまない、騒がせてしまった」
頭上から聞こえた声に驚いて顔を上げると、蓮川がこちらを見て謝罪を口にした。
「申し訳ない」
先ほどまでの無関心な様子ではなく、表情は乏しいがそれなりに申し訳なさそうに見える。
「今に始まったことじゃないけど、いい加減にしないとお前殺されるよ?」
螢より先に口を開いたのは恵だった。
「そうだな……」
蓮川は容赦のない恵の言葉に苦笑すると、それ以上は何も言わず、軽く手を振って店を出ていった。
「びっくりした……」
「あいつといるとこんなのは珍しくもない」
恵は苦々しい顔でそう言うと、ぬるくなったグラスの酒を一口飲んだ。
「どうせ店を出て数歩歩けば別の女がぶら下がって、そのままホテルに直行だ」
「まさか、そんなにモテるの?」
「モテるってのとはちょっと違うかもな。あいつが食いたくて女を食ってるんじゃなくて、女に食わされてるんだよ」
「は? 女に食われる?」
確かに蓮川と同伴している女たちは気の強よそうな美人も多かった。しかし、大人しそうな若い子もいないわけではない。
「……もしかして、蓮川さんMなの?」
恵相手だったので、螢は最近引っかかっていた疑問を口にしてみた。
「いや、あいつは筋金入りのSだよ。お医者様のお墨付きでだ」
「ん? どゆこと?」
「あいつ、殺人未遂で前歴があるんだよ。少年院だから前科にはならないけどな」
「え……」
思いもよらない話だった。
殺人未遂とは穏やかでない。
「そ、そんな風に見えないけど……」
「今は治療のかいあって大分納まっているようだけどな。私が知り合った頃のあいつは女の首を絞めるのが怖くてセックス断ちをしてたくらいだ」
「あー……そっちの人……」
サディズムの傾向が強く進んでしまうと性的サディズム障害と言う病名が付くことがある。
蓮川は性的な興奮と首絞めが癒着していて、少年時代に何人もの女をナンパしてはその首を絞めて気絶させて逃げるという事を繰り返していて、その件で補導されていた。同意の上で性行為でも首絞めと言う暴力が伴えば立派に犯罪だ。何人かは気絶して回復せずに救急搬送されたりしていたのと、またその人数の多さから常習性を問われて殺人未遂で起訴される寸前までいったが、なんとか医療少年院送りとなっていた。
SM界隈にいると病的なサディズム傾向を持つ人には時々出会う。
多くはただただ粗暴で荒れた人間になっていることが多いが、中にはSであることが苦痛である人間も少なくない。
愛する妻の首を絞めなくては性行為ができない。妻は嫌がる。妻が嫌がることはしたくない。そもそも首など絞めたくないのに、性的興奮が高まると首を絞める以外の行為ができなくなる。
それが嫌で嫌で仕方がない人もいるのだ。
「サディズムってのは認知の歪みなんだよね、性行為がなくても首絞めるだけで性的絶頂が味わえる。Sにはこのままプレイをエスカレートさせたら相手を殺してしまうから、そうならないように性行為にシフトして性器を刺激して無理やり絶頂を感じて終わらせるんだ」
螢はMだがその気持ちはよく解る。螢には加虐趣味はないが、首を絞められる気持ちよさは抗いがたい魅力だ。Sが暴力をセックスに振り替えるように、Mも苦痛をセックスの快感にシフトして死に至らないようにする。
「首絞めは怖いよね。あれホント気持ちいいから死なないように気を付けないと」
だからSMパートナーと言うのは簡単には作れず、信頼ができる人と巡り合うまでの長い道のりがある。
「でも、蓮川さんがSであることと、女に食われてるってのがよく解らないんだけど」
「最初はSMプレイをさせてくれる女を探してたんだが、あいつ、上手すぎたんだよね」
「上手すぎる?」
「そう、あいつのSMプレイはM要素のあるやつだけでなく、Sっ気があるような女ですら跪かせるほど上手いんだよ」
SMプレイと言うのは性的興奮を高めるためのテクニックであるのだが、それが天才的に上手いのだと言う。
例えばスパンキングラケットで尻を叩かれ、そこが熱を持って血流が集まることで性的快感と勘違いする。緊縛による血圧の上昇、スパンキングによる体温の上昇、痛みを与えるタイミングと強さの加減、そう言ったフィジカルをコントロールする。
言葉で言うと簡単だが、一朝一夕でできるようなことではなく、すごい観察力とテクニックがあり、なおかつメンタルを支配する手練手管が必要になる。
良いSと言うのはフィジカルとメンタルのプロフェッショナルでなくてはならない。
目の前にいる恵も界隈ではなかなか評判のいいSだ。
S男をM転させたとか、ノンケの尻を叩くだけで射精させたとか、武勇伝は尽きない。
実際に螢は一度だけ恵に縛ってもらったことがあるのだが、子供のころから妄想してた理想の縛りでキツさと痛みと息苦しさがたまらなかったのを思い出す。
「最初は普通に言い寄る女の相手をしてた。それを繰り返していくうちに、女たちがあいつを試すようになった。噂を呼んで女たちが集り始めて、気が付けば、日替わりで女とやるような生活になってしまった」
「それは……なんかすごいけど……」
「私だってそんな馬鹿なと思うよ。でも、あいつは現にあんな生活をしてる」
恵は眉間のしわを深くしてため息を吐く。
ふと、蓮川が女に興味なさそうな顔をしていたのが思い出される。
イヤイヤ従っているわけじゃなさそうだが、喜んでやる気満々には見えなかった。
「――ねぇ?」
「ん? あ、なに?」
「今度さ、あいつのショーを観に行ってみる?」
「ショー?」
「そう」
そう言うと、恵はスマホを操作するとイベントの告知を見せて来た。
それは螢も何度か行ったことのあるハプバーでのイベントだった。
「緊縛ショー?」
「あいつが縄やるんだよ」
そのハプバーはSMイベントに特化していて、吊りのできるステージもあったはずだ。そこで何人かの緊縛師がショーをやるようだ。
螢も女の人たちが夢中になるその縄が見てみたくなったのだ。
―― 続
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