ドMな僕の××××事情。
貴津
晴山 螢の奮闘。
第1話 気になる男。
きっかけは昔の映画で、悪漢に攫われたヒロインが縛られてコンクリートプールの上に吊るされているのを見て、ヒロインを助けに来るヒーローに感情移入するのではなく吊るされたヒロインの方に気持ちが行ってしまった。縄で縛られ苦し気に藻掻くヒロインに感情移入するあまり、誰かヒーローが助けに来ないかと自分を椅子に縛り付けてみた。
助けてーっと叫んでみたかったが、それをやったら大変なことになることは理解できていたのでグッと我慢。
その代わりに椅子に縛られて動けない自分を助けに来てくれる妄想にうっとりしていた。
子供のやる事なので縛り目はゆるゆるで緊縛でもなんでも全然なかったのだけど、そのシチュエーションを繰り返すうちに心地よさを感じるようになってしまった。そして、囚われのヒロイン系のドラマやアニメにハマり、思春期男子としてはオナニーのおかずも、縛られた自分を助けに来る相手と×××している妄想で――気がつけばMに目覚めていた。
こんな風に語るとすごく簡単にMになったように思われるかもしれないが、それなりに悩みもした。でも、それよりも苦しいことの気持ち良さに気がついてしまって、その歪みが正されることなく大人になってしまったのだ。
「螢くんさ~、Sっぽいって言われない?」
BARのカウンターで隣に座る女がちょっと内緒話をするような感じで話しかけてきた。
「なにそれ? 僕、そんなに性格キツそう?」
「ん~、そうじゃなくて……」
意地悪されても許しちゃいそう。
なんて頬を赤らめて言われても、全く食指が動かない。
確かこの女の子はこのBARの近くのキャバ嬢だ。アフターで男と一緒に来ているのを見たことがある。
(きっと人気の子なんだろうな)
自分の価値が良くわかっていて、こうしてさりげなく話しかけるときも彼女は自分の可愛さを熟知していて、一番可愛く見える角度と表情でアピールしてくる。
もし自分がヘテロかバイだったら、こういう女の子と付き合っていたかもしれない。この子は今はMっぽいモーションを見せているが、必要に応じて演じ分けるしたたかさがありそうだ。きっと螢が望むようなS女を演じてくれるかもしれない。
だけど、自分がMだと思うのと同時に、螢は女に興味のないゲイであることも自覚している。
「そう言うのは本当に好きな人とね」
優等生100%な答えを返すと、女の子の目からすっと熱が冷めたのを感じた。
彼女が求めていたのはそんないい子ちゃんな答えではなく、きっと「今夜は君を虐めちゃおうかな」とか「君はMなのかな? 僕と試してみる?」とかそんな言葉だったのだろう。
それから一言二言交わしたが、彼女はスマホで別の相手を見つけたらしく、さっさと店を出て行った。
(彼女は今夜楽しく過ごす相手がいるんだな……)
軽くため息を吐いて羨望の目で彼女を見送ると、カウンターに向き直り目の前のグラスに視線を落とした。
きれいに磨かれたグラスに自分の顔が映っている。
柔らかなアッシュカラーのショートボブ、顔の造形は悪くないだろうと思うけど年より若く見える童顔。ちらっと右耳に光るピアスを見てもう一度ため息を吐く。
右耳の方ピアスはゲイの証なんて言われてたこともあったけど、今では普通にみんなしている。
それと同じように螢の友人たちの中には螢がゲイであることを知っている奴は多いし本人がゲイの友達もいる。
今はセックスの多様性が認められていて、ヘテロでもゲイでもビアンでも目立って強く差別されることは少ない。
(でも……Mは別……なんだよな)
Mであると告白すれば、相手の目の色が変わる。
途端に見下したような侮蔑の色を浮かべ、次には嘲笑交じりにこう言われる。
『痛いのが気持ちいいとかキショ悪』
それか
『殴られて気持ちいなら俺に殴らせてくんない?』
とか
『罵られたいんだろ? 喜べよ』
とか。
Sだと名乗ってる奴に話しても、Mだと言った途端にバカなことを言われる。
『M女はわかるよ。でも、M男とか、正直理解できない』
同じ性癖だと思っていた人たちからの拒絶の言葉は苦しかった。
以来、螢はゲイであることはカムアウトしても、Mであることは言わないようにしている。
(SMプレイはしたいけど、今のままでは無理)
SMプレイの経験が無いわけではない。むしろ有るからこそ理想が生まれる。
(俺を支配して解放してくれる人)
SMは解放へのプロセス。
それを同じように感じてくれる人。
螢の好みはもちろんドSな男だが、ただドSなだけではない。
(美意識のないSなんてただのDV野郎)
Sと言うのはただ暴力的であればいいわけではない。相手をよく解析して支配する者。
幾度か自称Sだと言う男と付き合ったこともあるが、ホテルでいきなり首輪をされてベルトで鞭打たれそうになったのでジャーマンスープレックスをブチかまして別れたり、セーフワードを無視して縛ろうとしてきた時には半分縛られた状態で相手の男を一本背負い投げでぶん投げて別れたりした。
(そうじゃないんだよっ! Sってのはさぁ……)
と脳内で理想S語りが始まってしまいそうになるのを必死に抑えていると、BARのドアが開く音がした。
誰か常連でも来たかなと思い、顔をあげてドアの方を見ると、派手な美女を連れたイケメンが入ってきた。
それを見た瞬間、思わず「うげっ」と言ってしまいそうになったが、わずかに眉を顰めるだけに何とかとどめた。
入ってきた女の顔に見覚えはなかったが、男の顔は良く知っている。
この店の常連でもあるが、この辺りでこの男――
(千人斬りのヤリチン野郎)
常に女を侍らせて、その女は日替わり、同じ女とは二度と寝ない――その言葉が嘘ではないと思うのは、本当に見かける度に本当に違う女を連れているのだ。
(今日もまた違う女だ)
女の趣味は幅広く、今日のように如何にも水商売の派手目な女もいれば、地味目の学生さんタイプ、熟女と呼んでいいような年上マダムタイプなどなど、千人斬りとあだ名されているのも納得のバリエーションだ。
そんなことを思いながら見ていたせいか、余程まじまじと見つめてしまったようで、蓮川がちらりと螢の方を見て軽く会釈をしてきた。
(え?)
その会釈に気づいた女もちらりと螢を見た。
が、その目はすっと連れの男――蓮川の方へ戻り、媚びを含んだねっとりとした笑みを浮かべている。
(ま、ですよね~。眼中になしと)
水商売系の女性にモテないのは百も承知だ。
彼女らの望む見栄えの良さも、高価なスーツスタイルも螢にはない。
(――とは言え、蓮川もそんなに金ありそうには見えないよな)
黒いカットソーに合わせているのはレザーのスキニーパンツ。シンプルだがスタイルが良いので見栄えはある。
それと蓮川は顔がいい。螢のような子供っぽさは微塵もなく、精悍な雄を感じさせる。
(女が好きそうだよな……)
螢も嫌いな顔ではない。むしろ好みのタイプだが――。
(ヤリチン野郎はお呼びじゃない)
1人と向かい合えない男なんて対象外だ。
蓮川の正体は謎に包まれている。
こういう店の常連なら、顔を合わせれば少なからず言葉を交わして、何となくその人を知るものなのだが、蓮川は常に女連れで、その女に独占されているので接触するタイミングがない。
先ほどのように軽く会釈くらいはするが、螢は蓮川が蓮川という名前だと言う事ぐらいしか知らない。
しかもその情報はバーテン経由で知ったものだ。
蓮川は女とのトラブルが多く、店の裏で女に刺されて行き倒れてたのを助けたと言うと一緒に名前を聞いた。
そんな女に刺されるなんてことをされても、まだ、蓮川はこうして女を連れている。
(女好きだとしても、ちょっと異常だよな……)
セックス依存症と言う言葉が脳裏に浮かんだ。
性行為に依存して日常生活が送れなくなる。
(でも、なんかちょっと違う?)
数席離れた向こうに女の話に相槌を打つ蓮川が見える。
その顔は無表情に近く、つまらなそうにしている。
女とやる前のやる気に満ちた表情とは思い難い。
(むしろ、面倒くさそう?)
女とやりたくないのに仕方なくやっているような。そんな顔。
でも毎日違う女を侍らしてるのは女が好きだからじゃないのだろうか?
(好きでもない女と毎日セックスしてるのか……?)
そんなわけはない。セックスしなくても死ぬ事は無いし。
訳が分からないなと思いながら、そんな失礼なことを考えていた所為かなんだか疲れて来たので、螢はバーテンにチェックの合図を送った。
蓮川と螢は店に行く時間帯が少しずれていたので、普段は店で見かけるのも大した頻度ではなかったのだが、何故かあれから連続で遭遇した。
(今日も違う女……)
今日は少し年上そうだがモデル体型のスレンダーな美人を連れている。
一度寝た女とは二度と寝ないと言う話は本当だったんだなと実感する。
こうやって頻度高く顔を見ると興味も沸いてくる。
蓮川はジンをソーダ割で頼んで、隣の女にはあまり興味がなさそうにグラスを眺めている。話には相槌を打っているが、どこか上の空だ。
(あれって、女は気にならないのかな?)
自分の好きな男――下世話だけど多分この後セックスするような相手が自分に興味ないって言うのは気分が良くないと思うのだが。
ただ、傍から見ていると、女は夢中になって自分の話をしているが、特に蓮川の反応に不満がないらしい。
ニコニコと機嫌よく話しかけ、適当な相槌を受けては蓮川にしな垂れかかったり微笑みかけたりしている。
(塩対応のホストが何でモテるのかわかる気がしてきた)
蓮川は対応が薄いだけで、相手の女を突き放してはいないのだ。
それに適当に打っているように見える相槌も、よくよく見れば的確で、話を聞いていないわけでないらしい。
最低限のラインを守りながら、それ以上の反応をしない。そんな感じだ。
そして、それが女にとっては闘争心と言うか、この男を振り向かせたいと気持ちを煽られるのかもしれない。
(自分に自信がありそうな女だもんな。振り向かせたいと思うんだろうか)
同じ女と二度と寝ない男。そんな男の恋人になって二度目三度目得たいと思う。
(いや、違うな。これは女のマウンティングだ)
二度目はないと言われた女たちへ、二度目を獲得した女の勝利の姿を見せつけたい。
そう思うとしっくりくるような気がした。
(じゃあ、蓮川の価値はどこに?)
顔もいい、スタイルもいい、金はそんなになさそうだが貧困とまではいかない。
じゃあ、性格は? 価値観は? 蓮川の頭と心の中身は?
(そんなものは見ていないのか……)
螢はなんだか重い気持ちになって、蓮川と女の様子を探っていた気持ちを自分の元へ戻した。
別に顔がいいだけで付き合ったって問題はない。正直そこが導入で、付き合ってから互いを知って気持ちが深まるパターンもある。
でも――と思うのは螢の問題だ。
「……珍しいですね」
「え?」
顔を上げると、カウンターの向こうにバーテンが立っている。
今日のバーテンは
他のバーテンはあまり客に声をかけてこないが、この黒井と言う男だけは声をかけてくる。
「晴山くんが女の子チラ見してるとか珍しいですね」
「あ、ああ……」
蓮川を見ていたんだが、その隣の女の事を見ていたと思われたらしい。
「ちがうよ、あの子、ヴァンパイアにピアスしてるだろ? 女の子なのにハードだなぁって」
この店ではゲイであるともMであるとも打ち明けていないので、咄嗟に目に入ったピアスを話題にした。
ヴァンパイアとは喉元に入れるボディピアスで、吸血鬼の吸血痕に擬えてそう呼ばれている。
「あぁ、、アレですか……」
黒井は何か言いかけたが、ふっと蓮川たちの方へ顔を向けて頷くとそっちへ行ってしまった。
それに合わせて螢もそちらを見ると、蓮川たちは会計をして席を立とうとしていた。
「あ……」
思わず蓮川と目が合ってしまい。螢は慌てて会釈した。
結構大きく会釈した螢に、蓮川は少し目を瞠って、それでも軽く肯くように会釈を返して女を連れて出て行った。
「メイさん、売れっ子女王様ですから。全身にいくつもあるそうですよ、ピアス」
「ひぇ?」
黒井が戻ってくるなりそんなことを言うので、思わぬ話で変な声が出た。
「か、彼女、女王様なんだ?」
「この先にある『Etwas』ってお店の方ですよ」
「あー……」
螢も知っている店の名前だった。
螢自身は女性をパートナーに求めていないのでSM風俗へは行かないが、良く行くハプバーで良く名前を聞く有名店だった。
そこの売れっ子と言うのならこの界隈ではNo.1と言っても過言ではない。
(え、でも、相手が女王様ってことは蓮川さんってMなのか?)
ふとその考えに思い当って内心驚いていると、くっくっと小さく笑う声が聞こえる。
「蓮川さんがMだと思いました?」
「え? いや、え? 心読まれた!?」
「はははっ。晴山くん、顔に出過ぎです」
「え? え? マジですか」
螢は真っ赤になって自分の顔をペタペタと撫でた。
それから氷の解けかけたグラスの中身を一口飲んで、少しだけ気持ちを落ち着けた。
「黒井さん、あんまりからかわないで下さいよ」
「すみません、すみません。晴山くん、めちゃくちゃ顔に出てるから揶揄ってしまいました」
「もー……俺ももう少しポーカーフェイスを身につけないとなぁ。蓮川さんみたいにクールな感じになりたいくらい」
「晴山くんは、親しみやすい系なところが良いんだと思いますよ」
何となく話を胡麻化して話題をすり替えた。
もしかしたら、お客の話はタブーのバーテンでも黒井ならもう少し蓮川の話を聞き出せたかもしれないが、SMの話となると藪蛇になる可能性もある。
(余計なことは聞かない、話さない)
それは夜の店で楽しく過ごすコツでもある。
(もうあんまり気にしないようにしよう)
蓮川がSでもMでも螢には関わりのないことだ。
蓮川の相手はこの街にあふれるキラキラした女たちだ。
そのままその日は当たり障りのない話で終わらせて、螢も店を出たのだった。
―― 続
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