ハナカラ

柴郷 了

00 糸が色づき始める

 お葬式で見た顔を思い出した。

 泣いていたわけでもなく、ただ俯いていた。たまに時計を見てはひつぎに視線を移して、流れてもいない涙を拭っている。

 私はそんな彼の姿に釘付けになっていた。


 ***


 アラームが鳴り、嫌々体を起こす。流れるように携帯に入っているカレンダアプリを開くと、今日の予定には喪服のクリーニングと書かれている。

 ハンガーに掛かっている喪服に鼻を近づけるとまだ線香の匂いが残ったままで、少しだけ寂しい気持ちになった。

柳一ゆいー、起きた?」

 母の声が階段を駆け上り、二階の廊下へ響き渡る。

「起きたってば!」

 すでに起きている時に起きたかと聞かれた際、母にとってはこれが一回目の確認なのに二回目と同じ口調で返事をしてしまう。おそらく、自分自身に一度本当に起きたかどうかを確認しているから、たとえそれが別の人から聞かれたものだとしても二回目だと判断してしまうのだろう。

 反抗期だって思われないかな。はぁ。

 返事の口調が尖ってしまった時、いつもこんなことを考えてしまう。別に反抗期ならそれでもいいのだが。 

 

「今日は喪服のクリーニングな。お母さんの分とお父さんのもよろしく頼むわ」

 ソファーの背もたれに置かれている三着の喪服は父と母と私のものだ。私と母の服はスカートと上が一体化しているため服の量が少ないが、父のものはスーツにスラックス、シャツにネクタイと物が多くまとめるのが少し大変だ。大人なのだから自分で出勤がてらクリーニングに出せばいいのにと、心の中で文句を言う。

「じゃあ、お母さん仕事行ってくるから。頼んだで」

 私は、はーいと覇気のない返事をした。

 

 自分の部屋に戻り、外行きの服を着る。安売りされていたTシャツに中学時代の体操服(長ズボン)。外行きのおしゃれな服というより、動きやすい格好といった感じだ。ダサいと言われればダサいが、近所のクリーニング屋にビシッと決めて行く方もおかしいだろう。

 髪も適当でいいや。

 無難にポニーテール、前髪は鬱陶しいので帽子であげてしまおう。そんなこんなで、今にでもランニングに行きそうな女子高生が出来上がってしまった。

 メガネをかけると優等生に見えるように、帽子をかぶれば多少服装がダサくてもまとまって見える。アイテムってすげぇと感心した。

「よし、行ってきます!」

 登校する時と変わらず、白いスニーカーを履き、右手には鍵、リュックをしっかり背負って家を出る。

 柔らかい風が東から吹く。

 涼しいな、なんて思いながらゆっくりと歩き始めた。

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