第49話 男達の歓迎

「ハハハ!確かにセクハラになるな」

「笑い事ですか?」

「でも嫌ではないんだろー」

「まぁ、俺を不快にさせる気はないのは分かりますから」

「ハハハ!」

「やれやれ、姐さんも困った人です」


 宿舎の部屋は各階ごとに広さが異なる。最上階の一人部屋が最小で、階を下るごとに広くなっていた。今秀が屯している部屋はジュニアの部屋であり、ラーマと並んで宿舎最大の広さである。


「お二人も知ってましたか。隊長の意見」

「ああ勿論。耳にイカが出来るほど聞いたぜ」

「耳にタコ、だ。ちなみに自分達は反論なし」


 ジュニアの用意したチーズナンに蜂蜜とシナモンをかけ、秀の紙皿に乗せるラーマは、青島ビールの瓶を口につける。


「言われれば、確かに自己満足の要素は否定出来ませんでした。俺達じゃなくても、要素を満たす他の人であっていいんだから」

「ラーマさんの代わりなんていますか?」

「いるよ。世界に何人いると思う?」

「整備と後方支援が出来るエンジニア?そう何人も居ないぜ兄貴」

「自惚れるなジュニア」

「事実だ。ちなみに俺も出来る」


 とろけるチーズを皿で受け止つつ、濃厚な乳と甘みを味わう秀は、ジュニアの注いでくれたオレンジジュースで流し込んだ。



 こうした他愛のない催しは、二人が提供してくれる。四十路を目前にして、初めて親元を離れた秀を気遣っているのだ。

 20年以上前から真智子整備班長の下で働く彼等は、GDMとGPMの両方を整備できる稀有な能力も去ることながら、トレーラー運搬からコンピュータ操作に指揮伝達、更には各種格闘術も取得する万能人間である。

 初め彼等が野村夫妻の厚い信頼をある理由を理解出来なかった秀だが、今では身に染みて技能の高さを実感していた。


「しかし今日の訓練だがよ兄貴。やっぱ気にはなったなぁ」

「ああ。お前が気にするのは分かる」

「気に、なりますか」

「ええ。何というのでしょうか、整備士の勘ですが」


 ラーマ達が気にしていた事とは、プロメテオの運動性能にあった。今はただ練習場を歩行するだけであるが、それでもプロメテオの運動性能は特筆すべきである。


T-G15ミスコンよりも遥かに良いのは良いが……」


 GDM開発初期のモデルであるT-G15は、当時世間を騒がせていたGDMの諸問題に対応した機体だ。つまり『静音性・低歩行・低出力』の三低をもって、某市民団体からの要望を満たした。

 結果加熱するGDM開発の波に取り残された機体は、現場から「ミスター・コンプライアンス」と揶揄されるほど、旧石器の代物に落ちぶれたのである。


「あの機体であの運動性能。誰が動かすかも分からない代物に、何故あれだけの性能が必要か」

「自分としたら、動かしやすいんで困らないですけど……」

「GDMの普及理由からしたら、大問題です。しかもその分、整備が追いつかないですよ。何せ必要な機材や部品がね」

「ああ、やっぱそうですよね」

「シュウちゃん。あんな機体が、そんじょそこらの部品で賄える訳ねーの」

「大変なのかぁ……」

「幸い半数近くの部品は、ミスコンと互換性がありました。ジェネラル・ビジョンの処分が決定次第、検査通過した予備部品も到着するそうです」

「ハァ……なんだか、すいません」


 秀は頭を下げた。


「だがやり甲斐はある。少なくともずっと同じ機体任されてきたから、飽き飽きしていた」

「やっと俺達も、スーパーロボを整備できるんだから気にすんなって!」

「同じ機種ばかりは楽だけどな。流石にミスコン一筋うん年は無いよなぁ」

「ま、あんだけ面倒な機種、俺達が整備ミスっても、あっちが悪いってことじゃん?」

「あまり褒められた発言じゃねーが、その通りかもな?!」

「プロ意識を持てよ!!」

「こっちはただの仕事なんだよ!」

「まぁまぁ落ち着けって!!」


 整備班員達が一才に盛り上がる。彼等の長き鬱憤の表れでもある。都合のいい切り捨て部隊と理解していても、実際に扱われては心象がいい訳はなかった。

 しかも彼等が整備してきたGDMは、整備が容易でないにも関わらず際立った面白さもない、TーG15ばかりだ。

 だからこそ、秀とプロメテオの与える浪漫が、彼等のやる気を引き出している。


「整備の手間は、正直ある。しかしアレを整備する為に、僕達はGDM整備士になったと言っても過言じゃないのです」

「そう言ってもらえると助かります」

「整備士の性なのです」

「俺達が整備してやんだ。ちゃんと働いて金を落とす。そういうこった、シュウ」

「ジュニア!」

「いいじゃねぇか兄貴!」


 大笑いするジュニアが、無遠慮にラーマの肩を叩く。周囲の班員達も笑顔の中、秀はその光景をぼんやりと眺めていた。



 不思議である。彼は前世においても、こうした繋がりとは無縁の人生だった。死して得た

 環境は、案外に居心地は悪くない。

 少しだけ大人の階段を昇ったような気分になりながら、秀は頬を赤くしたラーマが差し出す、白砂糖がたっぷりかかったバタークッキーを貰った。




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