第47話 藤田課長
「君ね。少し考えたらどうだ」
「は、はい……」
「これは、簡単に決めて欲しく無い決断だ。誰かに押し付けられた訳でもない、君自身の判断である必要がある」
演習後、整備班からの炭酸水シャワーを浴びた秀は、入浴後の清潔な格好で藤田課長と面談をしていた。
初老の影が濃い警視庁次世代機械対策本部・機動一課臨時行動隊の課長は、眼前の男性が持つ認識について問いただす。
「未経験も未経験の君を、この役職に抜擢する意味合いはね。非常に危険なんだ」
「は、はい」
「分かるかな。君の人生に関わる、方向性を完全に変えてしまう重大な決断だ」
警察組織に入職する際は、警察特別法などの特別規定を満たせば、年齢制限を超えての採用も可能ではあるのだ。しかし秀の場合、曰く付きワンオフであるGDM専属の搭乗員としての抜擢であった。
「おれ、いや自分は自分の意思で決断しました」
「先ほど述べた私の意見についてはどう考える?考えた事は?」
「……えー、反対です」
「藤田さん。八代さんはそこまで考慮するタイプではありません」
「だからこそ、確かめなくては」
フォローにならないフォローに納得しないものの、秀は上司二人からの目に真剣味を受け取った。
「広報課の対策として、君の存在は極力隠す方針だそうだ。機体の特性を公にする代わりにね。そして立場としての臨時警察官、半官半民という建前も」
「構いません」
「マスコミに嗅ぎつけられたら、どうする」
「自分の意思と伝えます」
故に頑なな意思を示す。秀の強情ぶりは藤田課長も想定外だったのか、頭を抱え込んでしまった。
「そんなにかね。正直理解できないよ」
「やりたいんです」
「巨大ロボへの憧れかい?それとも警察や正義への渇望かな。どちらにせよ、私には受け入れ難い」
「……どれも、正解だと思います」
「うーむ。松島くんはどう考える」
「私の意見は変わりません」
「危険だと思わんか」
「危険です。しかしどう扱っても、彼は危険ではないでしょうか」
「うむ。それはそうだ」
「多かれ少なかれ、彼のプロメテオ搭乗は避けられなかった。製作者の意図かはこの際無視しますと、ある種の監視下に置く策は無益とは断言しかねます」
千恵の言葉に、無言のまま沈黙した課長はみじろぎもしない。脂汗が顎を伝う頃、課長の重々しい口は言葉を紡いだ。
「……出撃は制限をかける」
「無論です。現状警備部や本部からの要請が無い限り、出撃させる予定はありません」
「搭乗自体も減らせないか」
「サンプルを取らなくては。予想では一週間程度の間隔は問題無いと」
「それで行こう。待遇に関しては、これが精一杯とするか」
藤田課長は懐から瓶を取り出し、中身を口にする。
「……君がどうしてこの職業に固執するかは、今問うつもりは無い」
「は、はい」
「失礼を承知で言うとね。少々盲目ともいえるよ」
課長の疑問は当然であった。
秀がここまで警察、いやプロメテオに執着する理由は、彼の生い立ちにある。
彼は一度死んだ身であった。そして生前の人生で充足を知らぬままに死んだ、という記憶が曖昧な中で強烈に残っている。
彼はプロメテオに乗った時、言語化できない満足を得た。夢物語の実現、空想の具現化、超常的な能力発揮。全て生前では知り得なかった経験、感情である。
「それでもやります」
「やる気は買うよ。君の決断に嘘偽りはないと、私自身信じている」
藤田課長や千恵ですら、この想いは理解出来まい。終わりを告げられた人生が、文字通り世界を変えて始まろうとしているのだ。
しかも過去とは違い、明確に社会での立ち位置を実感できる人生である。秀はどんな事をしてでも、この機会を逃す訳にはいかなかった。
「……この仕事はね。“襷に短し帯に長し“が常に付き纏う。充足感よりも徒労感を覚えさせられる機会が、嫌に多い」
「……はい」
「果たして君の職業にかける希望が充足されるか。私はそれを保証する戯言は、曰えない質だ。理解しておくように」
「流石に、八代さんも理解していますよ」
だが課長の指摘は言われるまで考えた事もなかったのは、事実でもある。恐らく二人は勘付いているだろうが、追及はしてこなかった。
「私が君に関わることはそう多くない。それを祈るよ」
「困りますね。上司との濃いコミュニケーションが我々の特徴ですから」
「君達に付き合っては、私の身体も持たない。ノムさんではないのだからね」
そう言って席を立った課長の背中を、秀と千恵は直立不動で見送る。
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