第46話 大人達は顔を寄せ合う

「馬鹿野郎共が!!素人相手に舐めた気持ちでいるからだ!!!」

「「「はい!」」」

「言い訳は聞かん!!!」

「「「はい!!!」」」

「歩調ー始め!!」


 中島隊長の怒号が、拡声器を通して演習場を支配した。沈黙する次世代機械対策本部・軌道一課本隊の面々が、茫然自失の搭乗員達を見向きもしていない様子が物悲しい。


「中島君は少々エキセントリックですね」


 演習場脇に設置された仮設テント内で、警視庁総務部・広報課の森課長は、嫌味垂らし物言いだった。隣にいる警務部教務課の広岡課長も、苦虫を噛み潰したような老顔を崩す気配すら無い。


「昔から変わらんよ。口は大きいが、その実中身がない」

「広さんの教え子でしたか」

「まさか。俺はもう退いた後だよ。俺が現役の頃の教え子ならもっと伸びとるさ」

「でしょうな」


 その話を右から左に流す組織犯罪対策本部・組織犯罪対策総務課の原課長は、公安部総務課の川上課長の隣に移動した。


「どうです、アレは」

「質問の意図が分かりかねますな」

「またそうやって意地悪を……分かっているでしょう」

「あまり政治的な話はしたくないですな」

「プロメテオ。ここだけの話私個人としては、正式に稼働をさせたい」


 正午の時間帯に差し掛かり、テントにかかる日差しも強さを増す。ほんのりと滲む汗を拭う川上課長は、筋通った鼻から息を吐いた。


「隠し事には不向きな場、は分かった上ででしょうな。確かにお宅の立場からしたらそうでしょうな」

「何のために、臨時行動隊を今日まで黙認してきたのです。今こそ活用すべきでしょう」

「うむうむ」


 適当に頷く彼は、横に座る初老の男性に話の矛先を向ける。


「どう思いますかな、藤田課長」

「私ですか」

「臨時行動隊直属の課長は君でしょう。どうですか、あの機体は」

「意見の具申を許されるならば、私は反対です」

「藤田さん」


 原課長が、静かにパイプ椅子から移動した。藤田課長はペットボトルのお茶で口を潤しながら、整備班員達が取り囲む純白の機体を見る。


「彼は不可抗力でだけですから」

「悠長な事を言っていられない状況だと、よくご存じでは」

「原課長。今回の処遇、下手したらパンドラの箱を開けかねないと理解しての言葉と、私は信じているよ」

「それでも、実施すべきです」

「想定される非難に、どのような反論を行う?」

「それは、広報部にお任せします」


 原課長は、その大きな瞳で持って森課長を示した。丸メガネを指で調整する狸顔は、パイプ椅子の背に腕を置く。


「聞き捨てならんね。それは身勝手なものいいではないか」

「私はそうとは考えません」

「全く現場はお気楽だ。我々が日頃どうやってマスコミ連中と会話にもならん会話をしているか、察しの一つもしてもらいたいよ」

「私から申せば、そちらの物言いも組んできた15年間だったのです」

「おや、中々に手厳しいお言葉だ」

「我々には定められた役割がある。私は森課長を信頼しています」

「原くん。暫く見ないうちに色々と覚えたようだ」

「皆様方に、今一度進言をお許し願います。

 既に我々の有する機体では、最新型は愚か現行機ですらまともな鎮圧は困難を極めております。一刻の猶予も無い状況は、紛れもない事実です」

「君ね。そんな事は分かっておるのだよ」

「では導入を」

「まぁ落ち着くんだな。焦っても意味が無いからな」


 川上課長は、原課長を始めとする若い幹部を抑え込んだ。そして古参である森・広岡・藤田らを呼び寄せると、何やら小声で話し合いを設ける。


「どうも」

「おお、天下の臨行さん。お元気そうで!」

「相変わらずですね、原課長」

「君からも少し進言してもらいたいね」

「それは、貴方方にお任せします。我々は所詮尻尾ですから」

「相変わらず卑屈だ。どうしてそう、自分を卑下するかなー」

「卑下ではなく事実です。そして何も尻尾は悲観する事実でもない。使用用途の明確化と適切な判断をもってすれば、寧ろ好都合です」

「うーむ、変わらないね」


 川上らの前に出向いた千恵が敬礼すると、森課長が口を開いた。


「先日の報告書にあった文面だがね」

「私から申し上げられる内容は、明記しました」

「あれでいいのかね。いや私はどうと言う事でもないが」

「失礼を承知で申し上げますならば、もう猶予は無いと言わせて頂きます」

「松島くん。かなり君らしくは、無いんじゃ無いかな」

「はい、藤田課長の懸念も当然ではあります。しかし最早機体性能の差を、個々人の技能で埋める余地は無いのは否定できません」

「私はね。彼の選択について、今暫く考えるべきだと思うよ」

「はいわ仰る通りです。今日の午後から二者面談を予定しております。課長にお願いしたいと考えていました」

「うん。予定はつく」

「ですが藤田課長の懸念でしたら、警察法改正の時に決着は着いたと言えます。その点についてはどうなされます」

「個人としての見解である事は、否定しない。しかしそう易々と首を縦に振っては、一人の大人として立場が無いよ」

「なら決まりですな」


 川上課長が、側に置いていた警察帽を手に取った。


「組織としては、既に決定した。反対理由が個々人に起因するならば、下す決断は変わらんでしょうな」


 幹部達が立ち上がり、帰り支度を始める。その中で藤田課長は、最後の一人になるまで椅子に座り続けた。



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