第49話 任命されしは人形使い

「八代秀・特別警察学校生」

「はい」

「これより貴官に、警視庁次世代機械対策本部・臨時行動隊臨時隊員の命を認可する」

「受命します」


 作法通りの敬礼を返した秀は、千恵から手渡された警察手帳とGDM用ヘルメットを脇に抱える。


「並びに警察学校特別通信課程の修了も伝達する」

「ありがとうございます」


 修了書の入った筒も脇に抱えた彼は、自分の前方以外の全ての方向から、無音のシャッターの気配を感じた。


「……アエッホン」


 真智子の咳払いで班員達はスマホやカメラをしまいこむ。


「ったく」

「まぁ、いいってこった。若い奴の晴れ姿なぞ、とんと見てきてねぇ」

「緊張感が無いよ父ちゃん。第一若くないだろ」

「へへ、父ちゃん呼ばわりしといてそりゃないぜ。ワシらからしたら、十分若ぇしよ」


 小声で普段を過ごす夫妻を尻目に、千恵は次なる指示を出した。


「では最初の命令を下します。直ちに配属された新型GDM・プロメテオの試験搭乗を実施せよ」



「よっ、いい男。似合ってるぜー」

「ども」

「本当に様になっていますよ。日頃の成果が出ているんだ」

「はぁ……ありがとうございます」

「お似合いの制服にピッタシな機体。準備万端さ」


 真新しいコバルトブルーの制服を着て、敬礼をした秀に返礼をし、ジュニアは親指で方向を示した。濃色な目の隈を擦る彼を通り抜け、秀はいよいよ相棒へと歩み寄る。


「しかし、本当に変わりましたね」

「そうだね。随分と変わった」


 ラーマと二人で見上げると、そこには最終調整を終えたプロメテオが、生まれ変わった姿で直立していた。

 一回り大きいサイズを構成する、霞んだ灰色だった装甲板は純白に変更され、所々にコバルトブルーの模様が施されている。ギリシャ彫刻を彷彿とさせるフォルムはそのままだが、模様によって機体前面に薄ら桜の花が浮かぶようだ。

 肩に搭載された蛍光ランプは真新しい輝きを放つ。そして正方形にせり出した背部と、全体を支えるに値する太さを持つ脚部から伸びるケーブルを照らしていた。ケーブルは発電槽を満たす培養液の充填用であり、既に背部は完了している。


「やっぱ好み出てますねぇ」

「そうだね。隠しきれていない」


 二人の感想が聞こえた訳では無いだろうが、連日の整備で疲労困憊の整備班員達も、プロメテオの頭部に熱い眼差しを当てた。

 その頭部は特徴的で、皆からは戦国武将の兜をイメージされている。円錐形の要素もある角型の形状は、引き締まった全身像と好相性であった。

 真智子が選定した鶴羽型のセンサーを始めとした、各種電子機器を束ねる二対三個の双眸は、機械的なデザインを持って秀を見下ろす。


「これでマントやらスカートやらを履いたら、それこそサムライだぜ」

「今のところは、何とかって感じですね」

「各々の感想は後にして、早速始めましょう。待たせていますしね』

「そうでした」


 プロメテオの胸部から垂れるフックに脚をかけた秀は、上昇する視界の裏で人々の行き交う会話を聞いていく。


「プロメテオの起動プログラム、立ち上げ行くよ。サイバー班準備は?」

『OKです女将さん』

「模擬戦闘の初期装備はテーザーガン対GDM用電気麻酔銃だ。装備組、分かってるね?!」

「準備万端です、予備バッテリーも充電完了」

「機体組、ダブルチェックまだ届いてないよ!」

「誰だぁ?」

「オマエだよジュニア!」

「今認証しましたぁ!」

「次は二分早く送信するように、ったく。よーし、八代!」


 威勢のいい真智子の言葉に促されるように、秀はコクピットに脚から搭乗する。


「FBCS起動。専属補助AI・PDRのプロメテオメインコンピュータへの接続開始」

【メインコンピュータと接続開始】

「モーションキャプチャー同調確認」

【接続良好。全モーター・アクチュアレーターのメンテナンス、ダブルチェックの認証を確認】

「よし。発電槽の稼働準備」

【発電虫のバイタル良好。稼働開始】


 三基の発電槽へ音波が投射される。タンクの中で蠢く近未来の生命体の鼓動が、人類の叡智に血液を循環させていった。


『松島です。模擬演習を始めます』

「はい」

『向こうさんはもう位置についておられます。用意を』

「はい」


 心臓が脈打つように、プロメテオの全身から駆動音が鳴り始める。


「あの」

『はい?』

「考えたんですが」

『ええ』

「やっぱり、俺……自分は自己満足の為に乗っていると思います」


 千恵は整えた前髪に指を通した。


『そうですか』

「ダメでしょうか」

『こんな所で話す内容ではありません。時と場をお考え下さい』


 しかしモニターに投影された顔には、微笑が浮かんでいる。


『私から伝えられるのは、今一つだけです。

 ーそれでいいのです。それこそ、根本にあるべきなのだから』

「警察なのにですか」

『警察だから、と申しておきましょう』

「分かりました」


 秀は肺に大きく酸素を取り込んだ。合わせてFBCSが密着度を高めて、より彼と一体化を図ったように、彼には思える。


『お気をつけて。以前の模擬演習がよほど応えているようです。お相手は機動二課と四課の成績上位者になりした』

「はぁ……頑張ります」

『ご健闘を』

「……あの」

『ええ』

「……その、頼っていいんですよね」

『勿論です。歳下の上司はお気に召しませんか?』

「……盛大にぶちかましてきます。


 秀の言葉は、女狐の微笑を変えた。


『後始末は大人うえのものにお任せを。


 千恵の言葉は、転生者選ばれた人に覚悟を決めさせた。


「プロメテオ、出ます!!!」



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