第42話 PROMETEO
「だから聞き馴染みないんですか、FBCSに」
「名のあるGDM関連メディアでも、扱うとしたらどうしたって触れなきゃならないだろう。ドキュメンタリーでは扱われる事もありはするが、皆避けている面はあるやいね」
ーFBCSー
【Full Body Control System】の略称であるそれは、GDMの操縦系統の一種であった。乗員の全身をモーションセンサーが搭載された装置で覆い、乗員の動きをそのまま機体に反映させる仕組みだ。
普及するスティック型の操縦系統と違い、乗員の想定する行動を、正確に再現可能な点が、際立った利点である。
「そうか、言われたらそうですね」
「アンタも良く実感しただろう」
その再現性はスティック型の比ではなく、動作の汎用性や創造性も比較にならない。それでも実戦搭載が進まない理由に、その再現性があった。
FBCSは乗員の意思を機体にほぼ反映させるが、逆もまた然りである。GDMで触った死骸や瓦礫の感覚が、乗員に伝達されるのだ。一般的なGDMが八メートル級である事を考慮すると、単純比較では五倍ほど感覚が上乗せされる。
では感覚伝達を制御すればいい、と簡単にいかないのも現状だ。GDMと乗員のサイズ感に差異があるのは事実なのだから、制御したとなるとそのギャップを乗員側でコントロールしなくてはならない。
AIで感覚伝達を制御する、という案も一理はある。だがその為には情報処理能力をかなり割り振る必要があり、AIに不必要な要求をしなくてはならなくなった。
「そんなに珍しいですか、俺」
「珍しいから今まで無かったんだろ。理屈を話したんだから分かるだろうに」
「自分が珍しいとは思えませんけど」
「珍しいんだ」
最大級の問題点として挙げられるのは、継続時間の短さと要求スペースの増大にあった。FBCSの構造自体はそう複雑ではなく、古くは2010年代にアメリカ陸軍の研究機関で、試作モデルが試験運用されていたそうだ。
しかしその当時から現在に至るまで、被験者は全て世から消えた。己が巨大な機械人形になったと錯覚しかねないからか、三分前後の試験を実施した段階で、精神異常の傾向を示したと報告されている。
ロシアでは薬物投与により行動時間の延長に成功したと噂されるも、反対に高精度の操縦が困難になるという、本末転倒な結果になったとも噂されていた。
そして操縦者の動きをトレースする仕組みである以上、スティックタイプの操縦席と違い、操縦席全体も容量を大きく確保しなくてはならない。通常のGDMが6、7メートルに収まるにも関わらず、FBCS採用型は最低でも10メートル強は必要だ。
以来FBCSは闇に消えてしまう。世界に公開されるよりも前に各国の研究機関が手を引いたという事もあり、関係者の都市伝説の一つに成り下がった訳だった。
「TCRS(track ball roller system)は、何だかサイトで見た事があります」
「母ちゃんも、前少し話してたっけなぁ」
「発想としては面白いからねぇ。ただ実際にやる馬鹿が居るとも思ってはいなかった」
TCRS(track ball roller system)は、コンピュータマウスのトラックボールの機能を、そのまま車輪に応用した機構である。二輪と比較して多方面的な移動を可能にする利点の一方で、異物混入の容易さと整備性の悪さが弱点であった。
そこでプロメテオのTCRSは、驚くべき解決手段を用意した。トラックボール機構そのものの、磁気浮上を可能にしたのである。
初動自体は脚の前後にある小車輪が行うものの、起動すればトラックボールから発生する強力な磁場が、プロメテオの機体を浮遊させる訳だ。トラックボール内と機体の間に空間を生じさせる事で異物混入が行われても、大きな問題にはならない。
機能が停止した時には圧縮空気による排出が同時進行する為、整備性はそれなりに保たれた。
「あれも曰く付きでねぇ。開発元が定かではないまま、世界中のGDM開発界隈で実験採用が為された。ま、中国辺りが噛んでいるんだろうね。トラックボール内の磁石、ただのネオジム磁石じゃない。恐らくは中央アジアやらで採掘する、希少鉱物の加工品さ」
「ひえ〜」
プロメテオにはこれらの機構に加え、脚部や上腕部に搭載された高出力アクチュエーターや多重関節構造などの、高性能だが高燃費な機能が詰め込まれている。
夢の機体を可能にする最大の要因は、脚部と背部に計三機搭載されている、特性発電虫の発電槽であった。
「発電虫に関しては中東が一枚噛んでいるのでは?」
「ラーマの意見はあり得るね。この手の研究は最先端だ」
「へぇ……」
「……中東は発電虫に対して、世界一熱心なんだよ。理由は言わんとせずとも分かる」
「……ええ……」
「はぁ」
通常GDMやGPMは発電槽と並行して、大容量バッテリーを搭載している。緊急時のバックアップと同時に、並行運用による発電虫への負荷軽減の意図も持ち合わせていた。
しかしプロメテオは出力の全てを、専用に調整された発電虫によって賄う。他の機体と比較しても肩を並べるものが少ない出力を得た訳だが、緊急時の代替手段は放棄していると宣言したも同じだ。
「しかし本当に採用されるのかね。どう足掻いても、この問題は解決できるのかどっこいどっこいだよ」
「さぁ」
「勝手に言いやがるねアンタは」
「現場判断と上層部判断が食い違う事は、珍しくないでしょう」
そしてプロメテオには緊急脱出装置が無い。その部分を姿勢制御モーターと電産部品に置き換えている以上、どうしようも無かった。
「何なんですか、この機体」
真智子達の説明を聞いていた秀の疑問は、当然であろう。かの機体が長らく手をつけられなかった、一番の理由であり皆の総意だから。
第42話の閲覧ありがとうございました。面白かったら評価をお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます