第41話 シュミレーション
『音声確認するよ。聞こえているかい』
「バッチシです」
『あいな。んじゃとっとと始めちまおう』
プロメテオと同じ操縦系統という事もあり、鎧を着込むような感覚は同じだ。違いといえば、頭上を覆うヘッドギアに投影される映像の鮮明度だろうか。
『シュミレーション・サンプル1を開始』
『サンプル1・スタート』
真智子の声から機械音声に切り替わる。これもいつものPDRではなく、かつてのメンタルサポートAIに近い均一性があった。
些細な違いなのだが、秀は頭に違和感を抱えながらのシュミレーションになる。
(すっかり馴染んでいたんだなぁ……)
一応PDRが搭載されたイヤホン型端末は装着していた。シュミレーションの条件として、今は起動してはいないが。
『ミギアシヲダシテクダサイ』
『ツギニヒダリアシヲダシテクダサイ』
『ツギニミギテヲアゲテクダサイ』
『ツギニヒダリテヲアゲテクダサイ』
(なんじゃこれ)
『ツギハミギウデヲゼンゴニマワシテクダサイ』
『ツギハヒダリウデヲゼンゴニマワシテクダサイ』
この調子で、秀はシュミレーションをこなす。自分が六メートル級のロボを操縦していたとは思えないほど単調な試験に、秀は己が幼稚園にでも入園するのか、と内心口をへの字にていた。
『ツギハヤジルシノホウコウニイドウシテクダサイ』
『ツギニミギテヲアゲテクダサイ』
(またかよ……)
『ツギハヤジルシノホウコウニイドウシテクダサイ』
『ツギニミギテヲアゲテクダサイ』
(ばかかこいつ)
『ツギハヤジルシノ』
『ツギニミギテヲ』
『ツギハ』
『ツギ』
『サンプル1ストップ』
結局ただ仮想空間の街中を歩き回り、手脚を指示通りに動かしただけだ。歯応えもクソもないシュミレーションに飽き飽きしていた秀は、イヤホンから聞こえる人間の声に心底安堵する。
『お疲れ様。これでサンプル1は終わりだ。どうだい調子は』
「えぇ、、まぁ問題ないですよ」
『ほう。疲れたかい』
「疲れてはないですけどね」
『へぇ……そうかい』
真智子が純粋に驚いていると思ったのは、秀さんは初め勘違いだと思った。彼からしたらこの程度のシュミレーションで、疲れる訳がないと感じていたからだ。
プロメテオに乗った時の状況は状況であるから一概に言えないが、少なくとも負荷は向こうのほうが数倍はある。
『サンプルはまだあるんだがね。どうする?』
「あー、やります」
『休憩は?』
「いえやります。何個あるんですか』
『残り三つ』
「全部続けてやります」
こんなもの、さっさと終わらせるに限った。秀はヘッドギアにスタートの文字が投影されるまで待つ間、込み上げてきた欠伸を我慢するのに必死だった。
『目標到達まで400メートル』
「PDR?」
【現時点を持って、シュミレーションサポートを担当】
「へぇ、まぁ助かる。だけどその距離、ルート間違えているのか?」
【合致】
「じゃあ辿り着くだろ」
【到着予想時刻と目標設定時刻の差・計20秒不足】
「何で」
【推測・設定歩行速度と現時点での歩行速度に誤差あり】
「マジかよ」
脚のテンポを早めつつ、地面に示される矢印に従い、東京駅周辺を走り抜ける。リアリティのある仮想空間のお陰で、秀は都内をプロメテオで移動する喜びを、ゆっくりと味わえた。
「にしても、簡単過ぎないか」
時折飛び出てくる他のGDMや歩道橋を器用に避けつつ、一人愚痴る。何せ今彼の相手は、先刻よりPDRだ。
【難易度・回答不能】
「ん?何で」
【監督者より制限付与】
「ふーん」
当然ではあった。秀はシュミレーションの難易度を終わってから聞く事を決めて、急に変わった方向へと機体の向きを変える。
【サンプル4ストップ】
音声の案内と共に、背部で空気が排出される感覚があった。全身を覆う装置がロックを解除し、肉体の自由を秀に返す。
「んしょ……」
搭乗するよりも降機する方が大変なのが、FBCSの難点だ。シュミレーターとは言え厄介な点も再現しているお陰で、秀は展開された肩部のパーツを手がかりとして、身体を抜け出す事に成功する。
「はぁ……」
溜息、というよりも欠伸だった。感じる疲労感は極度のものではないが確実にある為、微睡を誘引する絶好の具合である。
込み上げるかどうか定かではない眠気を噛み殺す秀は、監督者達に質問を言おうとした。
「あの、これで終わりなんですよね」
「……本当なのかいぃ…??」
「はい?」
汗で湿った髪を弄る彼は、自分に向けられる意思がどうも変だと思う。
「アンタァ、何もないのかい」
「ん?はい」
「こう、疲れたりはしないのかい」
「疲れはしましたよ」
「だからこう、ドッとくるようなさ」
「本物に乗った時はありましたけど、これはシュミレーションですから」
「……父ちゃん」
「……見た限り嘘はついちゃねーな」
野村夫妻がタブレットを覗き込んで、込み入った話を始めた。要点が掴めない秀は、呆れた顔をする千恵とラーマに労いの言葉を貰っても、少しも喜べやしない。
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