第34話 無我夢中の救出 ☆
『いい調子です。そのまま』
「あの、まだですか」
『マップを確認できますか。付近までは到達しています、ご辛抱を』
確かにマップ上で点滅する点と、自分を表す青の点は目と鼻の先だ。とはいえ何百メートルも退避し続けた秀は、精神の限界を感じ始めている。
「ここに行けば何があるんです」
『応援ですよ。警視庁のGDMが待機している』
「任せていいんですよね」
『その為に誘導させて、右から振り下ろし』
千恵の指示に反応して、左側へ反射的な傾けを行った。機体のすぐ真横を通過するシャベルの圧を感じた秀は、心臓がいつ破裂してもおかしくないと思う。
「なんか恨みでも持たれてますかね?!」
『ヤク中です、恨みもクソもない』
「はぃ?!」
『死にたくなかったら移動を。後は私達の出番になります』
小言の一つも飲み込んで、秀は後退を再開させた。
「なぁPDR」
【要望を】
「あれまずくね?」
【食事の摂取は確認できず】
「そうじゃなくてさ。警視庁のGDM壊れてるよな」
【確認。両脚部の欠損】
指定ポイントで一息つける。そう説明された秀であったが、現実は無常だ。千恵の指示通り、警視庁所属のT-G15三機が代わりに鎮圧行動に移行したものの、瞬く間に二機が鎮圧された。
所々聞こえる無線指示では、中島なる男性の怒鳴り声やら搭乗員の悲痛な叫びやらが交錯し、悲惨めいた現実を装飾していく。
【警告。活動限界時間まで、後三十分】
「活動限界時間が?確かGDMの平均稼働時間なら、二時間はある筈だろ」
【発電虫への活性化音波が、許容範囲の上限値まで到達。最大稼働の使用停止を推奨】
「分かった。最大稼働、出来るならどれぐらい?」
【推測可能時間・5分】
無作為に最大稼働をした事で、常軌を逸した出力を可能とするプロメテオにも、限界が来てしまった。考えなしの行動に舌打ちを打ちたくなる秀だが、実行した当人であるから、代わりに口の中で唾を飲み込む。
(でもどうにかしないと)
PCー400の暴走は、錯乱した乗員を破滅させている点については確かだ。ガラス張りのコクピットから観察できる乗員は、辺り構わず吐瀉物を撒き散らしながらも、握りしめたハンドルレバーを手放そうとしない。
予測不能な動作によって辺りは破壊され、想定されない挙動により乗員へ衝撃が透過されていた。悪循環の典型例として語れるであろう惨劇が、遂に最後のT-G15を機能停止に追い込む。
「松島さん、聞こえますか?」
『伺いましょう』
「何か武器を下さい」
『今第三班が到着します。無理せず待機を』
「その間にこの街は壊される。こっちも時間がないんです」
『どういう意味です?』
「最大稼働が、後数分しかできません」
身を乗り出して双眼鏡を覗き込んでいた千恵が、車内に聞き返していた。秀はモニターの端でそれを見てから、プロメテオを前進させる。
「とにかく、何とかして止めます」
『なるほど、理解しました。電磁警棒の使用を許可します』
『松島!』
『下品な声はお気になさらず、責任は私が取ります。今認証コードを送信、電磁警棒は分かりますか?』
『下品だと?!』
「あ、いえ……」
『わかりました、関連データ全てを送信します。狙いはあの捲れた装甲下が良いでしょう】
プロメテオに新たなデータが送信された。画面右上部に投影された四角のデータ表示に、細長い黒白の棒がある。
規則的な点滅音を頼りに右を向けば、もぬけの殻となったT-G15の右手に、それが握られていた。
「PDR、出力最大」
【確認。変更後の限界時間は四分半】
「構わない。そして電磁警棒の使用を」
【確認。認証データ準備】
再度プロメテオの両脚と背部に搭載された発電槽へ、活性化音波が投射される。高鳴る金属音に警察の面々が目を見開く中、秀は、静かにプロメテオの膝をついた。
『おい、何をしている!早く立たないと』
『大丈夫です、任せておいて』
『松島、あの子はまだ』
『どっちにしろですよ。彼が乗った時点で、私達は賽を投げたのですから』
身体を縮こませるプロメテオに、何を思ったのか。PCー400はシャベルを上下させながら、キャタピラによる前進を開始した。
壊れた玩具のように距離を詰めるPCー400に対し、秀は直前まで微動だりもしない。
「っっし!」
タイミングを見計らい、斜め後方に飛んだ。
『とんだぁ?!』
膝と太腿部のモーターとギアを最大稼働させて行う跳躍は、GDMの常識を超える。ジェネラル・ショックでも披露した異次元の行動力が、今度は住宅地でもお披露目された訳だ。
素っ頓狂な中島部隊長の声を片耳に、秀は着地地点にあるTGー15を踏み潰す。
【データ送信。
回線が露出していた上腕部が千切れ、電磁警棒が宙を舞った。逆手に掴んだそれを、方向修正しての突貫を仕掛ける、PCー400に横払いする。
「倒れろ!」
身体を傾けシャベルを避けながら、すれ違い様に電磁警棒を、捲れ上がった装甲下に当てた。確かな手応えを感じた秀がレバーを強く握り締めると、電磁警棒から高圧電流が放出され、PCー400の内部機器をショートさせる。
PDRの設定した電圧により、PCー400は完全に沈黙した。高音を検知した機体が強制脱出装置を作動させ、錯乱した乗員がコクピットごと排出される。
【警告!】
「っ、何?!」
その反動でPCー400が崩れていくとき、PDRが予期せぬ反応を感知した。秀はモニター越しに母親に似た雰囲気の女性が、尻餅をついている様子を、スローモーションで見ていく。
「間に合えぇぇぇぇ!」
背中全体に感じる圧に耐える秀は、耳に聞こえる声を聞いた。
『信じられない……』
それはか弱い、女性の声だった。
『本当なの……』
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