第35話 余韻

「松島」


 中島部隊長が、踵を鳴らして近寄ってくる。千恵は香草煙草のスイッチを押し、口元に当てた。


「どうするつもりだ」

「どうにもこうにも。報告はつつがなく行うさ」

「そうではない。貴様、何をしでかしたか分かっているのか」

「理解はしているさ」

「一線を超えたんだぞ」

「ええ」


 中島は反応が乏しい千恵に苛立ち、正面に回り込んだ。


「必要が罰なら受ける。元よりその覚悟はあるのですから」

「松島」


 中島は目線を外した後、数歩足踏みをしてその場を立ち去る。その背中を見送る千恵は、駆け寄ってきた仲間達とは顔を合わせなかった。


「姐さん」

「上からの命令待ちだ。大人しくしていよう」

「彼、どうなります?」

「心配か」

「姐さん。こりゃとんでもない代物ですよ」

「お前は大袈裟だよ、ジュニア」

「いいや、大袈裟ではないよ」


 千恵は思わず振り向いた。警視庁次世代機械対応課・整備部臨時行動隊担当・野村真智子班長は団子に結った髪に手を置いた。


「見てみな。観測されたプロメテオの実働データだ」

「FBCSでしたね。本当に?」

「計測はいつもと同じさ、私も初めて見たよ。第一小隊のエースを数多く見てきたが、最高値は80代だった」

「異常ですね」

「恐らくは例のチップだろうけどね、どうも本人にも何らかの資質があるかもだよ。千恵、これはどうも放っておくのは無理なんじゃない」


 年齢を感じさせる目元の皺が蠢く。真智子の射抜く視線に、千恵は香ばしい匂いのする煙を吐いた。


「彼の立場があります。流石に上層部とはいえ馬鹿ではない」

「それがさ。公安部の医療関係の人間から、ウチの人に相談があった」

「ほう」

「大丈夫だと。んで、聞いてみたら例のチップの詳細が、やっとこさ掴めたそうだよ」

「なるほど」

「あの子。どっちにしろ世間には当分帰れんね」


 その言葉に、千恵の隣で沈黙していたラーマが口を挟む。


「女将さん。どういう事ですか」

「話すよりも見た方が、アンタ達には早い。どうにもこの世界は、行き過ぎてしまった」


 似合わぬ悲しげな声色に、三人は顔を見合わせた。そして真智子の差し出したタブレットを覗くと、一才に口をへの字に曲げる。


「これは……」

「ど、どういう考えでこんな酷い真似を!女将さん!」

「知るか。知りたくもない」

「だが知らなくてはならない」


 千恵はタブレットの画面に映る、異様な3D映像を目に焼けつけた。


「松島」


 耳元の端末に手を添えた中島が、千恵を呼ぶ。回線を回した彼女は、音声の向こう側に立つ男と、次なる段階について話をつけていった。



「秀!」


 その頃秀は、避難所となっていた第二公園に到着する。パトカーから降りた我が子を、最初両親は気が付かなかった。彼等が遠くにいる息子と分かるには、周囲にいた近隣住民の指摘を待たなくてはならない。


「良かった!良かった!」


 泣き叫んで抱擁をしてくる母親に、秀は力無く応えた。年齢を考えると気恥ずかしさを感じはするが、状況が状況なだけに無下に扱う訳にはいかない。


「無事で良かった!どこ行っていたのよ!」

「ごめん……」

「私ずっとここで貴方を待っていたのに!もう馬鹿!」

「え?」

「馬鹿馬鹿!心配かけて、もう!」


 そして埃だらけの父親とも再開する。父子は一瞬の沈黙があったものの、父親の力強い頭への撫でが、全ての返答であった。


「本当に、迷惑をかける奴だな」

「……ごめん」

「もういい、今日は休む。俺は疲れた」

「そうね。もう休みましょう」


 秀は泣く母親の背中を叩きながら、耳元の端末に手を添える。


「PDR」

【はい】

「まだ居るのか」

【秀。私は貴方と永遠に】

「もう直ぐ別れになるよ」

【理解不能】

「だってまたやっただろ。今回はもう無理だろ」

【私を端末から消去する事は不可能。バックアップが存在】

「それはまた、頼もしいな。でも、俺の近くからは離れるんじゃないか」

【発言の可能性を計測・88%】

「な。だから感謝を伝えておくよ」


 秀の端末を触る手が震えた。


「いい夢見れた。ありがとう」

【私の活動は現実と確認】

「いやまぁそうだけど。とにかく、ありがとう」

【私への感謝の言葉と確認】

「そ。感謝」


 PDRの返答は聞かなかった。端末を外した秀はそれをポケットに入れ、歩み始める。


(俺、どうなるんだろ……)



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