第33話 暴走への抵抗 ☆
「お、おお?!」
振り回されるクレーンをしゃがんで避けた秀は、路上で上部を高速転換させるP400から離れる。
「ちょ、まじか」
四つ脚の人もどきが、手先のシャベルを掻き鳴らしていた。秒速三メートルを計測する回転速度は最高速に近似し、危険度は高まる一方だ。
「あれ平気なのか?」
【PCー400の方向転換は、連続二分間が限度とデータに記録】
「ずっと回っているけど」
【回転を計測してから三分三十五秒】
「中の人、まずいんじゃね」
【安全性は担保不可能】
「だよな」
このPCー400のコクピットはガラス張りによる目視確認仕様であり、乗員の姿も目にする事ができた。
「おお、やべぇ」
目を凝らした秀は、察し良くズームが働いた画面に肝を冷やす。彼から見てもP400の乗員は正気を逸しており、不安定さを隠しきれなかった。
「止められる……」
【停止失敗の場合、周辺地域の予想被害は、凡そ居住区破損六棟。欠損七棟、崩落五棟】
「よーし、止める」
PDRの無機質な回答が、秀に有無を言わさぬ決断を促す。気合いを入れて息を吐いた彼は、回転を止める気配のない解体用重機と相対した。
「……っうおおお!」
タイミングを見計らい、秀とプロメテオは突貫を仕掛ける。TCRSが回転エネルギーを生み出し、十メートル級の身体を高速前進させた。
『うへへへ……』
「お、おお?!」
上手く懐にまで潜り込めはしたものの、回転し続けるPCー400が、偶然の形でプロメテオをいなしてしまう。頭から倒れ込んだ機体を持ち上げると、PCー400は振り上げた両腕をそのまま下ろしてきた。
「危ねぇ!」
横に転がって避けた秀は、自らの回避によって民家の壁に亀裂が入ったと気がつく。GDM用に拡大された道路にいるとはいえ、その周囲の建造物はただの建造物なのだ。
「あれ、ハマってるよな
【確認・精査。質問への回答は肯定】
「チャンス」
PCー400は振り下ろした両腕が、地面に食い込んでいた。通常なら簡単な操作で抜け出せはするが、乗員が混濁している今、数十センチめり込んだシャベルは楔に変わっている。
「っ、くそ」
この機を逃さない為に、秀は正面から抱きついてコクピット周辺部を引き離さそうとした。しかし工事用重機は簡単に壊せる訳もなく、円状にカーブを描く装甲はプロメテオの精巧な機械手を持ってしても、拘束は困難である。
何より手に伝わる冷たい感触で、一ヶ月前の酷な記憶が秀の脳裏を掠めた。
「……邪魔だ」
恐怖による歯軋りだと、自分でも分かる。それでも秀は己を鼓舞し、頭を振ってフラッシュバックを退けようとした。
壊れた最初期のテレビのように映像が想起されても、都度踏みとどまってPCー400と対峙する。
「うぉぉぉ!」
【ジョイント・ギア抵抗値変更。発電音波+250000Hz】
プロメテオが、乗り手の奮闘に応えるべく、発電虫の培電槽に指令を出した。受信された信号が特殊な音波となって、槽に保管される発電虫に伝わる。
無数の集団がこだまして活動を活性化させると、プロメテオの全身へ多量の電力が供給された。
「PDR、出力全開!」
【ーー確認。メインギア設定係数変更。想定出力値を上限設定】
全身のモーターが規定値の上限まで、その機能を解放する。秀の厨二病的指示から、PDRが彼の意図を推測した結果だ。プロメテオから鳴り響くギアとモーターの音は、甲高い金属音として街中に轟いた。
全神経を集中させる秀は、PCー400のコクピット左下部付近に、微かな歪みを見てとる。瞬時に左手をスライドさせた彼は、最大出力を持って歪みを広げんとした。
「らぁ!」
金属の留め具が外れる音がする。しかし同時にシャベルを抜き取れたPCー400が、上部の回転を再開させた。
「うわぁぁあ!」
体勢を崩して倒れかける秀だが、脚を数歩下げただけで踏みとどまる。民家への転倒を防いだ彼は、PCー400のコクピット左下部に、確かな剥がれを確認した。
『聞こえますか』
「は。はい?」
『案外落ち着いているご様子。臨時行動班の松島です』
「松島、さん」
『お忘れですか?』
「いえとんでもない」
『結構です。今、貴方の機体にデータを送信しました。指定ポイントまで敵を誘導できますか』
「んな、んな無茶な」
『無茶をしている人の台詞とは思えませんね』
「誘導なんてした事ないです!」
【操縦補佐プログラム始動】
『後退りは出来ますよね。うん、近くにある瓦礫を投げつけてみるといいでしょう』
「やる選択しかない感じですか?」
『貴方が居座ると、避難が難しいのです。お分かり頂けますか』
ヘッドギアに、送信されたデータが表示される。周辺マップ上で赤く点滅するポイントから、現在地までルートが描写された。
そしてプロメテオの後方部に、パトカーが停車する。助手席から身を乗り出した女性が、両手を背後に何度も振っていた。
『下がって!!』
「りょ、了解!」
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