第32話 暴走する輩 ☆

 工事現場で、主にビルやマンションの解体作業で普及が進む機体が、GPMĜeneraluzebla Plurkrura Marŝaviadilo である。GDMとの違いは下半身を構成する要素であり、前者は四つ脚に代表される多脚の他に、キャタピラや四輪、二輪まで存在していた。

 二足歩行機体では支障の多い並行移動や水平移動を可能にする、多彩な構成要素の内、四つ脚は機体全体の安定性と視界の確保を両立させる。


「へへへ、へへへへ」


 大道建設所属の解体GPM・PCー400の乗員は、壊れた笑みと真っ黒な隈を深くさせながら、ハンドルを切った。


『だ、だめだ脱出する!』


 鋼鉄とコンクリートを粉砕する為のクレーンが、警視庁所属のGDM・T-G15の両肩を粉々に変えてしまう。胸部から火花が散り、ひしゃげたフレームの一部が弾け飛ぶと、搭乗員の警官の姿が見えた。


『早く降りろ!』

『……脱出装置が作動しない……』

「フレームが歪み過ぎ、か」


 既に脱出を終えた搭乗員二人は、残された仲間の危機に歯軋りするしかない。強烈なパワーを誇るGPMの前では、彼等はただ無気力でしかないのだ。

 どうにか脱出を行わせようと、P220を保持していた一人が発泡をする。


「バカ、無駄はよせ!警告も無しに撃ったらお前が処分されるぞ」

「今そんな事言っている場合か?!仲間が殺されかけて、処分が何だ!」

「あれは新型のGPM、真正面から拳銃を撃って止まる代物じゃないのは分かるだろ!!」


 危険な瓦礫から乗員を守る為に、GPM・PCー400は特にコクピット周辺を三重のガラスと鋼板で覆われていた。防弾ガラスに匹敵する強度を持ったそれは、傷をつけたとしても、内部の人間に支障が出る事態を完全に防ぐ。

 空砲に終わる足掻きの間に、T-G15はいよいよ両側から押しつぶされようとしていた。コクピットが領域を狭め、搭乗員の警官は圧迫される己の居住空間を、恨めしそうに睨むしかない。


「くそ……」


 観念をした彼は、ハンドルレバーから手を離し、コクピット正面に貼り付けた額縁を取った。二人の赤子を抱き抱える男女の絵は、彼が最後に見るべき宝物である。

 それこそ赤子のように手脚を縮こませた彼は、迫り来る空間の圧を感じていた。


「……?」


 が、息がある。写真の角で頬に傷をつけた彼は、予想よりも長い生存に首を傾げた。死ぬ間際の感覚異常かと思ったが、次の瞬間信じられない事が起こる。

 それまで迫っていたコクピットの内壁が、前進を止めたのだ。代わりに天地がひっくり返るような感覚と、落下が停止する感覚が来る。


『大丈夫ですか!』

「お、おぁ……?」

『降ろします、早く脱出を!』

「おあ?!」


 視界が幾たびも反転した。自機の胸部がそのまま地面に転がされたと察せたのは、彼が仲間の助けによって外界へと脱出した後、コンクリート壁にめり込んだ胸部を見た時だ。



「人は居ないな?」

【周囲三メートル、赤外線センサーに反応無し】

「三?三メートルしかないのか」

【現行搭載中のモデル、限界値】

「人の反応があったら最優先で伝えろ。その人を逃す事を優先する」

【理解。行動決定パターンを変更】

「先ずは目の前の奴を止める」

【理解】


 秀は微かに痺れる、右肩の辺りを撫でる。破壊されかけていたT-G15の救出の為、TCRSの高速移動を利用した突進を繰り出した代償だ。運良くPCー400のクレーン部を吹き飛ばせたものの、反動は無視できない。


【フィードバック10%透過】

「あー、分からなかったら聞く。それまでは黙っていてくれ」

【理解】


 恐らくは痛みの原因は、と考えたからだろう。秀は教育用AIの頃から思う、察しの良さに対する抵抗感が芽生えた。


(おちおち考えもできないっての)


 しかし今は状況が状況である。右腕の先をを吹き飛ばされたPCー400は、四つ脚を地面に食い込ませて、上半身の急速転換を計っていた。


「うお?!」


 慌てて後ろに引いた秀は、思いの外下がりすぎた事に驚く。TCRSの移動速度と反応は優秀だが、まだ使い勝手を飲み込めていない点が、彼にも弱点と理解できた。


「くそおおぉ!」


 それこそ子供がローラーブーツに悪戦苦闘するように、上手くバランスが取れない。四つん這いになりかけるプロメテオを嘲笑うように、PCー400は一直線の突進を敢行してきた。

 迫り来る脅威だが、秀とプロメテオの反応はやはり早い。倒れかけた上半身を両手で支えると、そのままの格好でTCRSをフルスロットルで加速させた。


『うげぇう?!』


 レスリングのタックルを彷彿とさせる、低姿勢からの突貫である。秀の意図する所ではなかったが、PCー400の虚を突く形になったそれは、GPMはともかくとして乗員に対する衝撃は大きかった。

 近距離で高速の大型物体が衝突する反動は、想像するよりも計測値が高くなる。覚悟を決めて歯を食い縛る秀と対照的に、陶酔するPCー400の乗員は対応など考えもしていなかった。


『むげ』


 急に動きが止まったPCー400から、接触回線を通じて最後に聞こえた音声は言葉になっていない。マイクの向こう側で何かが倒れる音がするものの、判断するには材料が少なかった。


「無視していいか」

【推奨。残り一機、此方に急速接近中】

「来たか」



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