第31話 目覚める巨躯 ★

「PDR、どうだ」

【秀。現状を緊急事態と認定しますか】

「する。当たり前だ」

【認識。現時点より、行動精査基準を緊急時と想定】

「プロメテオを最速で動かしたい」

【プロメテオのメインコンピュータより、起動確認手順オペレーション・プログラムをダウンロード。6項目のチェックメニューをアップセット】

「スキップしろ。出来るなら」

【理解。緊急時特殊措置として、起動確認手順オペレーション・プログラムを全省略しますか】

「勿論」

【アクチュエーター・ジョイントギア・インナーフレーム等に機能障害が発生する可能性あり】

「時間ない、スキップ!!」

【確認。秀、コクピットへの搭乗を】


 千恵に連れられた秀は、ずっと耳元を押さえている。到着したトレーラーから人が降りてきても、今の彼には視界外の出来事だった。


「載せてください」

「……ジュニア。トレーラーのハッチ開放」

「了解。ハッチロック・解除!」


 千恵の無言の同意を受け、真智子とジュニアはトレーラーの外壁に身体を寄せる。濁音がつく音がした後、トレーラーのハッチが開かれた。


「よっしゃオッサン。自己紹介は後でしましょうかい」

「は、はい」

「乗り方、教えてなくてよろしいですかね」

「はい。前に乗りましたから」

「頼もしい答えだ。その勢いでいっちまいましょう!!」


 ジュニアの指差しした先は、丁度プロメテオの胸部だった。完全に仰向けの状態で格納された機体の胸部から垂れるそれに、秀は迷わず駆け寄っていく。


「さぁガキンチョ。乗るならさっさと乗るんだ、敵が迫っているよ」


 チラリと見た初老の女性が、似合わぬの太い声で発破をかけた。驚く秀であるが、身体は勝手に搭乗用ペダルに脚をかける。手元にあるグリップを掴んだ途端、ペダルは静かに秀の身体を持ち上げた。

 天井部に設置されたライトが点灯し、プロメテオの全体像を照らし出す。思い返せば、秀がまともに機体を見たのは、これが初めてかもしれない。


 第一印象としては、ギリシャ彫刻を彷彿とさせた。構成するパーツ、特に装甲板は必要最小限の薄さだと、秀は初めて気がつく。

 細さを感じさせる両腕と比較して、脚部は頑強な印象を与える太さを持っていた。特に脹脛の部分は明らかにスペースを与えられており、支える脚指部分も比例して大きい。

 脚部は特に目を引いた。半透明の装甲板の下では発電虫を蓄えた槽が鎮座しており、無数の黄色い虫が蠢きながら発電を実行しているのだ。

 ある種異様な光景に息を呑みつつ、胸部の持ち手に手を伸ばした時、三個六対の瞳が特徴的な、逆三角形型の頭部が目に入った。何処か昆虫にも似た、哺乳類とは違う系統のデザインに思える。

 後部に伸びた三角形の頂点の先が明かりを反射すると、秀を待っていたかのように他機種よりも一回り大きい機体が仄かな熱を帯びた。


(ついてきてくれよ)


 乗り込む機体に一言断ってから開かれた胸部の持ち手に手をかけた秀は、自然な動作で中に入り込む。


『ガキンチョ。起動確認手順オペレーション・プログラムはどうだい』

「大丈夫、いけます!PDR!」

『起動準備完了。FBCSFull・Body・Control・Systemセット』


 人一人、やっと収まる細長く狭い空間が、更に狭まった。秀の全身が金属板で固定され、両腕と両足に金属の輪が装着される。

 顔全体を覆うフェイスシールドに電源が入ると、VR装置のように外界の映像が投影された。


動作認識モーションキャプチャー同調】

「よし、行くぞ」

【メインシステム全始動・チェッカークリア。プロメテオ稼働スタンバイ】


 鼻から大きく息を吸って吐く。フェイスシールドの中に息が籠るが、この際どうでもいい。


TBRSTrack・Ball・Roller・Systemスタンバイ】

『お、おい!女将さん、例のヘンテコ装置動いてませんかい?!どうなってる?!』

『ガキンチョ!聞こえてるなら今のは何か言ってくれ!!』

「PDR」

【確認。当機の主要移動手段であり、足裏のトラックボール型のローラー】

浮遊形態フロートモード起動」

【確認】


 秀は足裏で暖かい熱が発生したと感じた。PDRの言葉通り車輪が回転するような感覚で、はるか昔に遊んだローラーブーツを思い出させる。


『おい、すんなり動かせたのか?!女将さん!』

『後回しだよ色々ね……。ガキンチョもうやってもいいかいね?!?!』

「お願いします」

『ええい!ジュニア、リフトアップとバー・ロック解除だよ』

『了解。リフトアップ!』


 トレーラーの天井部が両側に開いた。内部のクレーンが稼働し、プロメテオを仰向けの格好のまま、直立させるように垂直方向に変形する。


『バー・ロック解除!』


 両肩と両脇を挟んでいた鉄製のバーが解除され、左右に格納されていった。


「PDR、いいか?」

【要望を】

「TCRSの姿勢補助を頼む。着地と同時にスタートさせるぞ」

【確認。スタートタイミングは秀から指示を】


 地面から僅かに浮いた状態から、プロメテオの機体がトレーラーの床面に舞い降りる。


「プロメテオ、発進!」

【Komencu】


 その瞬間、足裏のトラックボールが高速回転した。


『おおい?!』

『正気かい……?!』


 10メートル級の巨体が、見た目と反比例したスムーズな動作で並行移動する。驚きの声はジュニアと真智子のみならず、やや遠目から事の行形を見守っていた千恵やラーマの度肝すら抜いた。


「行くぞぉおぉぉ!」



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