第30話 伝播する波

「どういうつもりだ、松島!」


 次世代機械対策本部・機動一課中島征班長はパトカーから降りるや否や、警察連絡用のイヤホンで指示を聞く次世代機械対応課臨時行動班・松島千恵班長の肩を小突いた。


「お前の仕業だろう!」

「少し黙っていてくれませんか」

「何を。ふざけるな、ただでさえ独善的な行動ばかりして、偉そうな」

「時間を」

「今はお前の警察政治ゴマスリに付き合う暇はないんだ!」

「私はいくばくかの沈黙を要請している。その程度も理解できないとは、貴公の顔横に備わる器官は、聴覚機能を有していないと理解するが」


 中島の耳朶を強引につねり上げた千恵は、若干血走る目を彼に向ける。赤くなる耳朶を抑える中島は、そんな彼女の気迫に口を閉ざした。


「で。例のブラックボックス絡みか」

「ええ。詳しくは女将さんに聞く方が早い」「回してくれ」


 乱雑なタップの後、中島のイヤホンにノイズ混じりの音声が流れる。声の主は歳を食った女性の声であるが、余裕を感じないテンポの速さがあった。


『……だから、アタシにも分からんのさね!言える事は、手もつけていないアイツが勝手に起動プログラムを立ち上げて、運搬トレーラーにルート提示を行なっているって事さね!』

「G担中島です。プロメテオの暴走ですか」

『ん?ああ、失礼。いや、まだ暴れてはない。ただ松島うちの指示で、今立川方面にトレーラーを向かわせているけど構わないのかい?』

「松島、どうするつもりだ」

「女将さん。実は川上警部から連絡がありまして、観察対象が変な動きをしているそうです」

『変な?』

「サイバー班が捉えた送信データの一部に、位置情報と指示コードが傍受できたそうです。やはりあの八代という男、捨て置けないかと」

「確か実家がこの近くだったな。あの派遣がGDMを呼んだというのか」

『その可能性は高いよ。あのブラックボックス、特定のコードに対応するのは確実だ。候補といや、開発者と管理者を除けば一人になるんじゃない』

「公安部は何と言っている?」

「現場判断に任せるそうだ」

「おい……ここに来てそれか?!責任を押し付けられているぞ!」


 中島の吐いた台詞は、地面に消える。またも響く崩壊の音と、混乱する通信網がいよいよ警察側の劣勢を知らしめていた。


「G担松島より中島へ。これよりオプトレーラー1号機を現場投入を要請。各員は指示に従い、誘導路の確保を」

「松島」

「今は猫の手も借りなくてはならない。なら、蜥蜴の尻尾である私がやるべきは一つだ」

「……分かった。G担中島より各員へ。第一班から第二班は治安維持行動を継続。立川署と臨時行動班は、避難誘導を。その他の警官は送信するデータを元に、トレーラーの誘導に移れ。これは最優先事項だ。繰り返す、最優先だ!」


 班員と共にマップにルートを描く中島をその場に置き、千恵はパトカーの天井を叩く。運転席でラーマがアクセルを踏むや否や、千恵の脚がまだ車内に格納される時間も待たず、車両は発車した。


「姐さん」

「十字路の警官を国道沿いの信号に待機……いや違う」

「姐さん」

「ここは敢えてパトカーの縦列駐車で簡易的な道標に」

「松島隊長」


 冷静な呼びかけに、千恵は己の切迫感がラインを超えたと知らされる。罰が悪そうに座席にもたれかかる彼女は、運転席でハンドルを切る腹心の部下から顔を背けた。


「後で謝った方がいいですよ」

「……気にはしないだろう」

「政治ではなく、人付き合いとして。自分は言いましたからね」

「……女将さんはどうした」

「先程連絡がありました。ジュニアと共に一号トレーラーで、現在国道二十号を走行中」

「到着時刻は?」

「およそ二十分」

「早いな。早すぎる」

「どうやら独断は向こうでもあったそうです。事件後の処理、面倒ですね」

「どう転んでも面倒だよ。人手不足は嫌だな」

「無いものねだり、ですか」

「言うな。泣けてくる」


 車内のボードに埋め込まれたパネルには、周辺マップが映し出されている。点滅する自車のマークが測定された渋滞近くに止まると、二つの赤色のマークが激しく点滅した。


「解体用GPM(Ĝeneraluzebla plurkrura marŝaviadilo 汎用型多足歩行機械)の厄介さは、笑えないね」

「T-G15、稼働数が三機を」

「一機だ」


 二人の眼前で、クレーンに持ち上げられるT-G15が居る。


「こちら松島!応援が来るから時間を稼げ!」

『こ、この状況で』

「押さえなくていい、とにかく時間を稼げればいい。いざとなったら捨て置け!」

『期待しないで下さい』

『意地は見せてみせますがね』


 何とか電磁警棒でもってクレーンの稼働部を一時停止させたT-G15は、凹んだ機体を無理に動かして、迫る脅威に相対していった。

 ラーマに周辺警戒を命じた千恵は、逃げる人の数が減っている事を確認しつつも、ある人影を見つける。

 大勢とは真逆の進行方向に、涙と涎を垂らしながら走ってくる人間も、千恵の存在に気がついたようだ。


「……何処です、プロメテオは」

「答える必要がありますか」

「答えさせます」


 秀と目を合わせた千恵は、一度だけ目を閉じてから口を開く。


「分かりました。誘導致しましょう」



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