第26話 愚者への試練 ☆

『どうしましたか』


 耳元に聞こえる音声が、やけに脳内で響いた。


「ハァっ、ハァっ、ハァっ……」


 かつてないほどに上がる呼吸は、ジェネラル・ショックの時よりも間隔が狭い。あまりの狭さに酸素の供給がおぼつかず、頭の中に靄がかかってきた。


『息が上がっておられますね。任務はまだ半分も終わっていませんよ』


 千恵の言葉が、頭の靄を後押ししていく。動作解析モーションキャプチャーを目的とした全身を覆う金属板が、今では暑苦しく邪魔に思えてきた。


『貴方ががおやりになりたいのでしょう。何も不都合はありますまい』

「う、うゔあ、ぐううう!」



 事は、八代家が警察と接触した三日後の出来事に遡る必要がある。その日は秀の提案により、プロメテオの試験稼働が予定されていた。

 不安げな両親をよそに、秀は舞い上がる。ただでさえ夢物語である巨大ロボに、いよいよ自ら乗り込むのだ。しかも素人目からしても、高性能な機体に、である。

 思考の全てを駆使した結論としては、運気は絶好調だった。今後の展開は推して図るべき、であろう。


(へへ、俺もこんな風になれるなんてなぁー。やっとこさ転生した甲斐があったってもんだ)


 運が良いとは、自分だと思った。GDMによる暴動事件は各地連日の勢いで発生している。警察の治安部隊は対応しきれない事件の数々に疲弊し、人員不足は秀でさえ知った話だ。


(この流れなら、暫くしたら……)


 出会える可能性が高くなった美人メインヒロインに想いを馳せる彼は、取らぬ狸の皮算用であった。残念ながら彼の思い上がりを忠告する気がある者は、その時点では存在しない。


 存在する必要がなかったからだ。彼を待ち受ける警視庁の女狐は、傲慢故に熱田を抜かす中年に与える試練を、強かに組み上げていた。



 当日を迎えた。秀は両親と共に指定された場所へ、電車と徒歩で向かう。彼は指定場所が件の騒動があった地域からそこまで離れていないと気がついたのは、車窓から見えた瓦礫の山によってだった。


「御足労の礼として、本件を即刻実施致します。ご要望に果たして我々が応えるべきか、判断する為のいわば試験です」

「お願いします!」

「やる事はシンプル。あの瓦礫の山をGDMを使って解体して欲しいのです」

「解体なんてした事ありませんよ」

「簡単です。トラックがお見えですか?荷台へ散らばった瓦礫を置いていく。それでいいのです」

「ハァ……分かりました」

「では、始めます」


 プロメテオのコクピットから伸びる上昇ケーブルの持ち手にしがみつきながら、秀はあっさりとした仕事内容に拍子抜けする。


(こんなに簡単で良いのかな……)


 プロメテオのコクピット内で身体をICチップが多数埋め込まれた金属板に包まれる彼の呟きは、プロメテオと同期したあるものに聞かれていた。


【警告】

「うお?!……警告?何もないだろうよ、気にするな」

【サイバー攻撃を確認】

「根拠もなく言うなよ。変な事をさ」

【現在プロメテオのメインコンピュータにハッキングを確認。対応プログラムの自動迎撃、開始から7分経過】

「ハッキング?何で」

【目的の推測を列挙。

 ①プロメテオのメインコンピュータ

 ②プロメテオの制御システム

 ③プロメテオの搭乗者生体情報

 ④プロメテオの補助AI・PDR】

「自分もハッキングされるかもってか」

【私のコントロール権を掌握した際、プロメテオのコントロール権はほぼ把握した同然と断定】

「ふーん。でも迎撃しているならいいんじゃないかな」

『ハッカーの解析パターンから推測。警視庁公安部・警備部のデジタル課の可能性、85%以上』


 きな臭い理由は分かった。しかし秀からしたらどうでも良い。彼の脳内では、簡単な試験をクリアして、正義の味方として有名になる己の姿が、鮮明に浮かんでいるのだから。


「ハッキングは任せられるよな」

【問題無し】

「んじゃ、宜しく」


 中年は、嬉々としてメニューに挑む。新たな隣人の警告を無視して、夢物語な英雄への道を歩まんとする為に。



 簡単ではあった。瓦礫の山に積み上げられたコンクリートと鉄筋の塊は、プロメテオのモーターの前では発泡スチロールに等しい。洗濯物を取り込むように淡々とメニューを消化する秀の手が止まるのは、山の中腹付近に差し掛かった時であった。


「ん?」


 流れ作業で持ち上げたコンクリートの影が、隠していたを光下に晒す。


「……え?」


 腐るほど目にしてきた物体だ。秀にとっても重要な《《器官》である。


「……ぁあ……」


 だが違いがあった。秀のそれが肌色の細胞集合体でコーティングされているのに対し、晒された方は赤黒い液体と肉、白色の物体と筋で構成されている。


「う」


 忽ち高鳴る心臓の鼓動に混乱した秀は、持ち上げていたコンクリートの破片を手放してしまった。真っ二つに砕けた破片が撒き散らかすは、石片のみではない。

 プロメテオの繊細なモーションキャプチャーは、偶然飛び跳ねたの断片のぬっぺりとした感触を、正確無比に秀の手へと伝えた。


「う、ああああああ!!!」



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